
屍者たちと共にいるところ。そこが、映画「ゾンビ・リミット」。
いま、夢中で読んでいる新書がある。「感染症と文明」。
感染症と人類の戦いの歴史を、太古から現代まで遡って記し
「感染症と人類は共生せざるをえない運命にある。それは理想的な均衡ではなく、心地よいとはいえない妥協の産物である」と結論づける。
翻って、「パンデミック」と結びつけられやすい、ゾンビもののことを思う。
ゾンビものでは、ゾンビへ「感染した」人間に対し、どのような対処を行うかが、主題となる。
大体において、生きとし生ける全ての人間と、死にせし屍人:ゾンビとは相容れない関係にある。
だから、ゾンビ映画の多くは、人間がすべてのゾンビを駆逐するか、大量無数のゾンビに人間が押し切られるか。
どちらかが優勢になる、どちらかにバランスが完全に傾く、ゼロかイチかの結果となって、大体は終わる。
では、ゾンビと人間とが均衡を保つ世界は?
日常ごく当たり前の場所にゾンビがいて、ゾンビと共存する普通の日々があるとすれば?
そんな世界を大真面目に考えたのが、本作だ。
屍人を斃すのではなく、屍人と生きていく世界。
だから「バイオハザード」風のパッケージに騙されては、いけない。
幸せなカップルのケイトとアレックス。ケイトは、ゾンビウイルスに感染した患者“リターンド”をサポートする病院で働いている。リターンドの保護に反対する人々も多く、過激なグループは暴動を起こしていた。そして、まことしやかに囁かれる噂が出回る。ゾンビウイルスを抑制するワクチンの残数はあと僅かである、と。ケイトとアレックスは、大量のワクチンを抱えて逃亡することを決意。ワクチンが無くなっていく恐怖、政府に発見される恐怖に怯える二人だが、本当の恐怖は別の所にあった。
スタッフ
監督:マヌエル・カルバージョ「エクソシズム」
製作:フリオ・フェルナンデス「REC/レック」シリーズ「マシニスト」
キャスト
エミリー・ハンプシャー「コズモポリス」
クリステン・ホールデン=リード「アンダーワールド 覚醒」
松竹DVD倶楽部 公式サイトから引用
終わりなき日常を生きろ・・・人類の終焉は、まだ遠い。
ゾンビものでは、製薬会社が「悪」と相場が決まっている。
極秘裏に研究を進めていた細菌が外部に流出し、パンデミック、ゾンビの大量増殖を引き起こすのがデフォルトだ。
本作の製薬会社は違う。
劇中における1980年代、「ゾンビ」は風土病として感染拡大を進めた。その感染を食い止めたのが、とある製薬会社が開発したワクチンだった。ワクチンの投与によって、「ゾンビ」となる一歩手前で症状進行を止めることができ、人間の意思を持った「リターンド」として、人間社会に共存している。
社会生活を送る上で必要だから、仕事をしたり結婚をしたり、「リターンド」もまた人間同等の権利を持っている。
裏を返せばワクチンなくしては「リターンド」は「リターンド」のままでいられない、ということ。
終わる見込みのない病。
それは「リターンド」自身に、その家族に、途方も無い経済的・精神的負担を強いる。(愛するものをなくすよりまだマシとはいえ。)
そして:ここが重要なのだが、「リターンド」に権利を認めるということは、それだけ「ゾンビ」が減る…病原菌を突き止めるための検体が減るということ。「リターンド」が増えれば増えるほど根本的な問題=ウイルスを撲滅する研究がしにくくなる、ジレンマがある。
それでもこの世界では「リターンド」にも権利が保障されている以上、大っぴらに隔離することも、生きたまま解剖することも、できない。
歪な均衡を保ったまま、この世界は存続している。
そんな世界にも暴力が生まれる。だが、愛に出来ることがある。
果たして、均衡というものは、ささいな事象で破られる。
ワクチンの在庫が残りわずかだという、不可解なうわさ。
ワクチンが無くなれば「リターンド」は…人間の意思を失い、人を喰らう「ゾンビ」になる、だろう。
たちまち恐慌が起こる。
「リターンド」を標的とした殺人事件は頻発し、過激化した暴徒による排外デモは激しさを増す。
ロメロの処女作にしてゾンビ映画の原点、「ナイト・オブ・ザ・リビングデッド」におけるゾンビは、当時の白人至上主義者から見た黒人のメタファーと言われているが、本作もまさにその原点に立ち返った感じ。自分が健常だと思っている人間たちの手で、「リターンド」たちは「ゾンビ」と徹底的に標的にされ罵倒され暴行される。
身の危険を感じたケイトとアレックスふたりは、まだ世間には出ていない極秘資料を盗み出して、あらゆる追っ手から身を隠す、逃亡の旅を始めることとなる。
男と女の逃避行といっても、そこに「トゥルー・ロマンス」や「ワイルド・アット・ハート」のような、クズを殺して自分が生きる、あっけらかんさはない。
人類も「リターンド」も、すべてを敵に回しながら、後ろめたいものを引きずりながらの兇状旅だ。
それでも彼らが逃げるのは、正しいと思ったことをなすため、必死で。
果たして旅路の果てに、彼らは本懐を遂げる。
そして男と女の二人のお陰で、「リターンズ」と人間が共存する日常は、続く。
リターンドという「潜在的罹患者」たちと共存せざるをえない世界線。
今だからこそ、観ておいても、損はないゾンビ映画かもしれない。
そして、今年春に日本公開される(はずの)映画もまた、従来のゾンビ映画とは別の切り口、パンデミックが終わった後の恐怖を描くとのこと。見てみたい。
いいなと思ったら応援しよう!
