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政治はペテンだ。80年前に言い切ったマルクス兄弟の秀逸な喜劇「我輩はカモである」。
30年代アメリカにおいて、ナンセンス・ギャグで一世を風靡したマルクス兄弟。
上半身を前に倒し 、お尻を突きだすようにしながらせかせかと歩きまわり 、ナンセンスな言葉を饒舌に吐きだし続ける、お髭がチャーミングなグルーチョ。
(のちにドリフターズの「ヒゲダンス」に受け継がれた、強烈な外見。)
言葉をまったく発せず 、自転車についているようなクラクションでコミュニケーションを取りながら 、隙があればひとの膝に足を載せ 、なんでもお構いなしに隣り合った人間のものをかすめ取る、上着から何でもかんでも取り出すハーポ。
そのハーポと唯一意思疎通がとれる人間であり、グルーチョとハーポとのあいだを取りもつことができる貴重な人材、やはりイタリア語訛りで饒舌なチコ。
画像はWIkipedia Commonsから引用
上からチコ、ハーポ、グルーチョ。(一番下は途中離脱したゼッポ)。
見た目からすると、生まれが早い順にグルーチョ→チコ→ハーポなのだが
実際の歳の順はチコ→ハーポ→グルーチョ(→ゼッポ) なのがややこしい。
グルーチョが一番若いのだ。この見た目で。
元々舞台畑だった兄弟が、銀幕デビューを果たした時、三人ともすでに40代を迎えていた。(当時としては)高年齢ながら、長年の舞台での修練に裏打ちされた怒涛のしゃべりと過激な演奏によるアナーキーな笑いで、ファンを獲得。
一時の人気は(彼らより年下の)チャップリンすら凌ぐほど。
(この二大巨塔が大っぴらに共演する機会は遂になかった。ただし、1936年の短編映画「ミッキーのポロゲーム」でチャップリンとハーポが共演?している。)
彼らの傑作はいっぱいあるが、グルーチョのしゃべくり、それが生み出すアナーキーなストーリーテリングを堪能するには、本作がいちばん良いだろう。
原題 Duck Soupの意味が「骨をおらずに利を得る」である様に
政治はペテンだ。
専制政治だろうが、民主政治だろうが、本質的には変わりはしない、政治というもののかなしい本質を、おしゃべりの洪水の中でぴしりと言い当ててみせる。
財政難に陥ったフリードリア共和国。資金援助の依頼を受けた大富豪のティスデル夫人(マーガレット・デュモン)は、愛人のファイアフライ(グルーチョ・マルクス)を宰相をすることを条件に、大金2千万ドルの提供を承諾する。一方、隣国シルベニアの大使トレンティーノ(ルイス・カルハーン)は、不安定な政局を利用してフリードリアの乗っ取りを画策。相手の弱点を探るべく、チコリーニ(チコ・マルクス)とピンキー(ハーポ・マルクス)の二人をスパイとして送り込む。だが、万事お気楽なファイアフライはチコリーニを気に入り、彼を陸軍大臣に任命する始末。さらに、トレンティーノを前に、ファイアフライが言い放った挑発的な言葉から、両国は全面戦争に突入してしまう!
スタッフ
監督:レオ・マッケリー/脚本:バート・カルマー、ハリー・ルビー/撮影:ヘンリー・シャープ
キャスト
グルーチョ・マルクス/ハーポ・マルクス/チコ・マルクス/ゼッポ・マルクス/ラクウェル・トレス/ルイス・カルハーン/マーガレット・デュモン
NBCユニバーサル公式サイトから引用
ファイアフライがファシストを暗喩している、と1933年公開当時、物議を醸した曰く付きだ。(実際、ムッソリーニはイタリアでの公開停止を命じている。)
時代と寝た題材だとはいえ、いま見ても古びないのは、ファイアフライの振る舞い方に、総統閣下だけでなく、昨今の政治家に通じるところがあるだろう。
とかくファイアフライが始終まくし立てる台詞に、洒落と皮肉が効いている。
早口でなかなか聞き取れないが、文字起こしするとそれが、よくわかる。
ファイアフライは宰相職に就くわけだが、(周囲の思惑とは裏腹に)この弁舌一つで世界をケムに巻く。
例えば、労働相から「労働時間短縮」の請願を聞いたときの返しがこれだ。
(30年代、全世界で労働争議が頻発していた事実を踏まえると、尚面白い。)
Secretary of Labor: The Department of Labor wishes to note that the workers of Freedonia are demanding shorter hours.
Rufus T. Firefly: Very well, we'll give them shorter hours. We'll start by cutting their lunch hour to 20 minutes.
IMDB公式サイトから引用
あるいは、代議員から関税問題を議題に振られた時の振る舞い方がこれだ。
(30年代、世界恐慌後にブロック経済が拡大した事実を踏まえると以下略。)
「次いってみよう」のノリで、議論自体を煙に巻いてしまう。
Rufus T. Firefly: And now, members of the cabinet...
[pounds gavel]
Rufus T. Firefly: we'll take up old business.
Cabinet Member: I wish to discuss the tariff.
Rufus T. Firefly: Sit down, that's new business. No old business? Very well...
[pounds gavel]
Rufus T. Firefly: we'll take up new business.
Cabinet Member: Now, about that tariff...
Rufus T. Firefly: Too late, that's old business already. Sit down.
IMDB公式サイトから引用
とまあ、彼の口から出任せのおかげで政局は大混乱。
こいつ与し易いだろうとファイアフライを利用するつもりが、
逆に彼の気まぐれに振り回されるトレンティノ。戦争は防ごうとするが・・・。
Ambassador Trentino: I am willing to do anything to prevent this war.
Rufus T. Firefly: It's too late. I've already paid a month's rent on the battlefield.
IMDB公式サイトから引用
そしてファイアフライの「戦争だ!」の宣告と同時に、彼以下、スクリーンに勢ぞろいした政府要人、軍人ら、ついでにダメスパイ2人はなだれをうって歌い、踊りはじめる。
フリードニアのために戦う国民なぞいるはずもなく、軍事力で圧倒するシルベニアの侵攻は着々、首都は爆撃で焼け落ちる。
それでもファイアフライは口八丁をやめない。執務室が崩れ落ちてもこの余裕。
Rufus T. Firefly: [into radio] Calling all nations. Calling all nations. This is Rufus T. This is Rufus T. Firefly coming to you through the courtesy of the enemy. We're in a mess folks, we're in a mess. Rush to Freedonia! Three men and one woman are trapped in a building! Send help at once! If you can't send help, send two more women!
[Pinky enters and raises three fingers]
Rufus T. Firefly: Make it three more women!
IMDB公式サイトから引用
しかし、首都まで侵攻される圧倒的劣勢から、なんとフリードニアはシルベニアに勝利を収めてしまうのである。(どう勝ったかはその目で確かめください。)ペテンが生み出した嘘のようなご都合主義的展開、狂乱のうちに映画は終わる。
ムッソリーニが禁止したのも、ごもっともだ。
なお、グルーチョ自身は50年代からTVショー・ラジオショーの司会を務めて末長く活躍し、赤狩りに反対し、同業者からの信頼も厚かった常識人だったことを、付記する。
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