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「狩りに行こうぜ!」一家で不安を突き止めに。それがポン・ジュノの「グエムル 漢江の怪物」

第92回アカデミー賞作品賞を受賞した韓国映画「パラサイト 半地下の家族」。
この映画についてググっていたら、下の記事が目を惹いた。

「私の映画の底にあるのは不安なんです」
と、この作品を手掛けたポン・ジュノ監督がインタビューに応えたのだ。

確かに、彼は「不安」というものを、二つの視点から描いてきた様に思う。「殺人の追憶」における犯人の正体や「母なる証明」での息子の容疑といった「不明瞭な、除けない不安」と、「スノーピアサー」の永久機関に代表される「明確な、除くしかない不安」とを。
どちらとしても、彼の映画に出てくる主人公たちは「自らに襲いかかる不安は、自らで除くしかない」と躊躇わず強い意志を持って我を忘れて突っ走る。
それが良い結果を招くにせよ、悪い結果を招くにせよ。
不安の正体と、それを追う主人公の姿で、スリリングにスピーディに物語を引っ張る。ぐんぐん引き込む。それがこの人の作品の魅力だと思う。

さて、同じくポン・ジュノが手掛けたこの映画の「不安」の正体ははっきりしている:タイトル通り、漢江に現れた怪物=グエムルだ。そしてこの物語は、その怪物に娘を捕られた ひとつの家族の奮闘を描いた作品だ。
「勇敢ではない人たち」が、家族を人質にとられて「勇敢」になる。政府にも軍にも頼ることなく、自分と家族だけを信じて、怪物に立ち向かっていく。

韓国で爆発的なヒットを記録した、ポン・ジュノ監督(「殺人の追憶」)によるパニック・エンタテインメント大作。ソウルの中心を貫く漢江(ハンガン)の河川敷で、小さな売店を営みながら暮らすパク一家。普段と変わらない日を送っていたパク一家の面々だったが、ある日突然、漢江から飛び出してきた謎の巨大な怪物に娘ヒョンソを奪われてしまう……。主演は「JSA」「殺人の追憶」など韓国を代表する名優となったソン・ガンホ。

【スタッフ】
監督    ポン・ジュノ
脚本    ハ・ジョンウォン、パク・チョルヒョン
撮影    キム・ヒョング
音楽    イ・ビョンウ
【キャスト】
ソン・ガンホ、ペ・ドゥナ、ピョン・ヒボン、パク・ヘイル、コ・アソン

引用元:映画.com  作品情報

前半までは、普通のひとびと。


主役となる家族の中で最初に顔を現すのが、金髪・小太り・怠け者・そして気が弱そうなおじさん:ガンドゥ(ソン・ガンホ)だ。
彼は漢江川辺の売店で、ぽかぽかした陽気に、カウンターに頬杖ついてだらりと昼寝をしている。客が話しかけても一向に起きようとしない。
そこに、今年中学生になったガンドゥの娘、ヒョンソ(コ・アソン)の「お父さん!」という怒鳴り声がする。それでようやく、むっくり起き上がる。
だらしない親父殿だ、そう思わせるに十分な印象を与えるファーストカット。

その漢江に突如、黒い両生類の様な怪物「グエムル」が現われる。グエムルは川辺に上がり、人々を踏み潰し、無差別に噛み付きはじめる。家族の手を引いて、いちもくさんに逃げるガンドゥ、
しかしヒョンソが逃げきれず、拐われてしまう。

ヒョンソがさらわれた。いてもたってもいられず、家族が一同に集う。
売店を経営しているガンドゥの父、ヒボン(ピョン・ヒボン)。
学生運動経歴持ちの、仕事をしてないガンドゥの弟、ナミル(パク・ヘイル)。
決断力がなく、重要な試合では銅メダルしか取れないアーチェリー選手であるガンドゥの妹、ナムジュ(ぺ・ドゥナ)。
そしてガンドゥ。
「パラサイト」同様ひとくせもふたくせもある家族の面々だ。
多少紛糾するも、最後に一家は決める 「グエムルを狩る」と。
モンハンの始まりだ。


ヒボンが先導する中、雨が振り続ける漢江で、一家はグエムルを狩ることに決める。水中に潜行し続けるグエムル。一家は土手の上におびき寄せようと、あらゆる手を尽くす。どんよりとした空の中、コンクリで固められた河川敷で、地味な(しかしリアルな)ハンティングが行われる。
そして、やっと陸に上がったグエムルの脳天を撃ち抜く唯一無二のチャンス、
それを、ヒボンが不良品の銃を掴ませられた為に、一家は無為に振る。

ヒボンは他の家族を逃がすための時間稼ぎに怪物の手で殺され、ガンドゥは軍に捕まり、ナミルとナムジュは逃げきるものの、散り散りとなる。奮闘むなしく、狩りは失敗に終わる。

だが、それで終わらない、諦めが悪いのが、この一家の強い所だ。
「自分たちの手で」怪物を狩り、ヒョンソを救い出そうと肚を決めている。
人間だってやめてやる。それぐらいの必死さで、変貌していく。


後半からは、普通じゃないひとびと。

ガンドゥは軍の手で収容された隔離病棟から、何度も何度も脱出を図る。
娘の命を思う焦りのためか、理由も知らせず自分を拘束しようとする怒りのためか、優しげな表情は何処へやら、脱獄囚さながらの脂ぎった執念が、次第に顔に貼り付いていく。(「普通の人間が異常な人間へと化けていく」この変貌ぶりこそ、ソン・ガンホが名優たる所以だ。

ナムジュはひとり、泥に水に塗れつつも、大きな弓箱を背負って怪物を追跡する。いつもの自信なさげな顔は何処へやら、下水道の底の闇の中で、「動く標的撃ち落せ」と目がらんらんと輝く。女豹のように。

ナミルも水を得た魚となる。なぜなら、彼にとってスリル、それを呼び寄せる異常事態こそ好物だからだ。そうでなくちゃ学生運動に参加した甲斐がない。怪物の巣の在り処を突き止めようと、奔走する。

ぽかぽかした日差しの下、漢江一帯に怪物退治のための薬剤を撒こうとする政府の方針に反対するデモ隊の集会の場と化していた岸辺。
そこにグエムルが現れる。
そこにハンター三人が集う。

ガンドゥは、先を尖らせた鉄の棒:ランスを手にして。ナムジュは弓矢を構えて、ナミルは火炎瓶を携えて。
クライマックス:派手で激しいハンティングが始まる。周囲のデモ隊なぞ知るか。人的被害もためらわず。三人は突っ走る。

最初から最後まで普通ではない、漢江。


さて、怪物が現れた漢江とはソウルの中心を流れる川、韓国のシンボルでもある。本作のもう一つの主役はこの漢江と言っても良い:不安を、ばらまく。

そもそもこの映画は、漢江上流の米軍基地から垂れ流された毒物が汚染された河川の水によって生命を得て、怪物が誕生するシーンから始まる。
そして、殺風景な鉄の橋の上から一人のスーツ姿の男が自殺を図ろうとする、不穏なシーンに続く。その間際、怪物が水面に顔を出したのにびっくりして、逃げ帰る。

その次、ここまでの不安とは打って変わって、前述の通り、晴天の元川辺でそれぞれの休日を楽しもうとする人々の姿がある。
それが突然、怪物による殺戮の現場と化す。多くの血が流れ、漢江の水は淀む。

怪物は川を決して離れない。
ハンター一家の奮闘を余所に、怪物の正体に対し、上から下まで疑心暗鬼、首都中心部まで疫病が拡大、道ゆく人全員がマスクをつける(つけないものは村八分):ソウル市内に不安が広がっていく。漢江が、不安を引き起こす。

その漢江=不安を、漢江の河岸で生きる一家が、突き止める。まるで、娘を人身供養にする気まぐれで災をもたらす神に挑む、宿命を背負わされた一族の必死の戦いの構図だ。
だから、クライマックスのハンティングは、神々しさすら帯びている。
不安と闘う人間の、いちばん美しい姿が、舞い降りるのだ。


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ドント・ウォーリー
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