「チャーチルはそこの椅子に座っていました。優しい人でした。」_"Queen"(2006)
ダイアナ事故死から十年も経たず、登場人物の大半が存命という状態で製作された生々しい2006年のイギリス映画「クイーン」より。
といっても、スキャンダラスな内容ではなく、あくまで、実在人物そっくりの俳優たちが、その内幕を再現する静かなドラマとして演出されている。
1997年、労働党の若き党首トニー=ブレアがイギリス新首相に決まり、エリザベス女王は世代ギャップを感じながら彼を首相に任命する。その直後に元太子妃ダイアナがパリで事故死し、ブレア首相は彼女を「国民のプリンセス」と表現して国民の大きな支持を受けるが、女王はダイアナはあくまで「元妃の民間人」という立場で冷静に臨み、ダイアナの死に興奮する国民・マスコミは王室に非難の声を上げる。
王室の伝統と国民の声との間で揺れる女王はブレア首相と共に難局の打開を目指す…。
本作はヘレン=ミレンのエリザベス2世そのものとしか言いようがない演技に寄りかかっている、と言って良い。
印象的なシーンは幾つもあるが、いくつか抜粋すれば、ひとつは労働党が総選挙に勝利した後、ブレアがバッキンガム宮殿へ首相任命式に訪れた際、彼と言葉を交わす場面。前首相(ジョン・メージャー)以前と異なり「女王陛下の最初の首相」ウィンストン・チャーチルの一期目はおろか、二期目の首相就任すらリアルタイムでは知らない(それ以降に生まれた)若き首相に投げかける、「若いあなたに、その責任を負えますか?」という優しくも厳しい、歴史というものの重みを感じさせる言葉より。
あるいは、ダイアナの件で考えのまとまらない彼女が、頑丈さと耐久性で知られイギリス王室が好んで使うランドローバー・ディフェンダー(Land Rover Defender)を、ワイルドにも女王自ら運転してバルモラル城周辺のスコットランドの田園地帯を飛沫あげて疾走するシーンも、印象深いと言えるだろうか。
総じて本作は、王室というものの存在の重さ:エリザベス女王の生活の公式の面と私的な面とが、右の手と左の手のようなものに喩えられ、聖書の文句にあるとおり、右手のなすところを左手にしらしむるなかれという関係におかれている苦しい状況を、それでも政治的な手段によって解消していこうとする内幕を緻密に描いた、貴重な作品と言えるだろう。