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北の大地の、静かで熱くてじんわりする物語。 ばんえい競馬を描いた「雪に願うこと」。
スタートダッシュで出遅れる どこまでいっても離される
の歌詞が印象的な「走れコウタロー」。
いま、全世界非常事態の中で、どれだけこの国は、必死に走っているのか?
ところで。
「走れコウタロー」といえば、ばんえい競馬も、変わらず、何とかやっている。
ネット販売による盛況、(予断は許さないが)10年前では考えられなかった。
2006年11月下旬の「ばんえい競馬廃止」 の報道が懐かしい方も、いるだろう。
結果からいえば、世界で唯一といわれ、北海道開拓の歴史のなかで生まれた馬事競技であるばんえい競馬は、全国から寄せられた廃止反対の声に押され、ソフバンの支援のもとで存続が決定した。
バブル崩壊後、なし崩しに地方競馬が次々と廃止された中、「ばんえい競馬」は、存続を願う市民の活動が全国で唯一成果を結んだ。
であるから、2006年5月公開の本作には、「ばんえい競馬」の魅力を国内に知らしめ存続への意識を高めた役割を果たした側面も、あるといえるだろう。
大切なものを残したいという思い、執念と言うべきものが、フィルムに焼き付いている。静かな映像の中に。
会社を倒産させてしまった男が故郷の北海道・帯広に戻り“ばんえい競馬”の厩舎で働くうちに新しい一歩を踏み出す足がかりをつかんでいく。失われつつある現代日本の家族像に希望を与えるヒューマン・ドラマ。監督は「絆」「透光の樹」の根岸吉太郎。主演に伊勢谷友介。原作は鳴海章の小説『輓馬』。
【スタッフ】
監督 根岸吉太郎
脚本 加藤正人
原作 鳴海章
【キャスト】
伊勢谷友介 矢崎学
佐藤浩市 矢崎威夫
小泉今日子 田中晴子
吹石一恵 首藤牧恵
香川照之 小笠原
(映画.comから引用)
本作の監督を務めた根岸吉太郎は、「丁寧に映画を撮る」という印象が強い:どんな題材を扱っても、出来のムラがなく、コントロールが効いている、「折り目正しい」のだ。
「遠雷」は、都市化の波に洗われ崩壊していく農村に生きる青年の苦悩。 「探偵物語」は、薬師丸ひろ子と松田優作という当時二大トップスターの顔合わせ。 「ウホッホ探検隊」は探検隊の映画…ではなく、全共闘世代の主婦の離婚をめぐる一悶着。2020年時点での最新作である「ヴィヨンの妻 〜桜桃とタンポポ〜」は、太宰治原作の映画化。自分の撮りたい作品を、自分のペースで、「ソツなく」撮っていく。それが、根岸監督に、熱狂的でなくても、不思議と多くのファンがついている原因なのかもしれない。
そんな根岸監督による演出だから、「絶望からの再生」という通俗的なプロットであっても、ともすればセンチメンタルになりがちな北海道ロケであっても、
けっして、感動を一方的に押し付けるような、アジテートな演出はしない。
厳しい自然、経営難、後継者問題。北の大地にまつわる諸問題を象徴するかのように、ばんえい競馬を巡る状況が、厳しく描かれる。(漫画「銀の匙」を連想する方もいるだろう。)
主人公は故郷に戻り再生を果たすが、故郷に居つくことなく、リベンジを誓って都会へと再び旅立って行く。普通の人間が居つくには、厳しい土地であることを、きちんと描いている。
それでも。ぴんと背筋を張って大地に根を張って生きている人と馬の息遣いが、折り目正しく、尊く、描かれている。「北の大地ではかくあってほしい」という理想と、現実を見据える視線の間で、均衡を絶妙に取っている。一歩間違えれば「全日本が泣いた」になりかねない所、ふっと心に残る按配になっている。
「希望」とか「未来」とか、そういう仰々しい言葉がどうにも胡散臭く感じられるときにこそ、じんと響く。かっちりまとまった一作だ。
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