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ぬけだせない理由。それを黒澤明は「どん底」で70年前から見抜いていた。

直球のタイトルだ。
原作はマクシム・ゴーリキーの戯曲「どん底」、
この舞台を日本の江戸時代の貧しい長屋に置き換えて、黒澤明が映画化したものだ。
長屋と言っても、そこは低い湿地に建っている小部屋の多いスラム街だ。
物理的にも抜け出せないのは、この1カットから観て取れる。
彼らは、外界から見下され、隔離されている。

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取り立てていうべき筋も、重要な謎もない。
住人たちの無気力な(そして何のシンパシーも抱かせない)日々が描かれる。
彼らは、どん底から這い上がろうとも思わない。
目先の欲と感情と駆られて、醜くそして可笑しな争いを繰り広げる。

極め付けはラストシーンにある。
夜、長屋の住人たちは、一所に集ってその日ぐらしの金で飲んで、歌を歌う。

コーンチクショウ、コンチクショウ、
コンコンチクショウ、コンチクショウ、
小判の雨でも降ればいい…

あるべくもない夢を歌う。
そこに
「長屋に死人が出た」との駆け込みの知らせが入る、
それを聞いて、歌っていた一人は

せっかくの祭りを台無しにしやがって。

と吐き捨てる。
「人は人、自分は自分」と一言で、斬って捨てる。
70年前の人間が放つ、今をあくせく生きる人の心を見透かす醒めた言葉。
ぞっとさせられる一言だ。

※本記事上の画像はCriterion 公式サイトより引用させていただきました。


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ドント・ウォーリー
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