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市川雷蔵「ある殺し屋」_四畳半住まいの、無口な、殺し屋。

殺し屋の物語にどうして人は惹かれるのだろうか。それは、彼らが非現実の世界にいき、「人が人を殺してはいけない」というしごく当たり前の倫理を易々と超越した場所で、遊ぶからだろう。

では、こんな殺し屋はいかがだろう。 ニヒルで無口で自分に厳しい殺し屋。
普段は料理屋を経営し、裏家業は針一本で獲物を仕留める凄腕の殺し屋。

小料理屋の主人・塩沢は高額な金で殺人を請け負う殺しのプロという裏の顔を持っていた。暴力団の幹部・木村の依頼で、敵対する組織のボス・大和田を見事に仕留めた塩沢に、前田は弟分にしてくれと近づく。
やがて塩沢の押しかけ女房気取りの圭子と前田は色と欲で結びつき、ある計画を塩沢に持ちかける……。
スタッフ
監督: 森一生
脚本: 石松愛弘・増村保造
原作 「前夜」より: 藤原審爾
撮影: 宮川一夫
録音: 林土太郎
音楽: 鏑木創
美術: 太田誠一
照明: 美間博
キャスト
塩沢  市川雷蔵 
圭子  野川由美子 
前田  成田三樹夫 
茂子  渚まゆみ 
健次  千波丈太郎 
大和田 松下達夫 
みどり 小林幸子 
木村  小池朝雄 
錠   伊達三郎 
巡査  浜田雄史
角川映画 公式サイトから引用 


おしゃべりなふたり、寡黙なひとり。


まずは、やたらおしゃべりなふたり:圭子と前田を語ってみたい。
圭子は男を手玉に取る「可愛い悪女」。塩沢が経営する小料理屋の女給を追い出して、その後釜に座り込む。ここに前田が絶妙に絡んでくる。チンピラまがいの若造を実に味わい深く演じるのである。この二人の存在が本作にかなりの魅力を添えている。

圭子と野田のふたりは、ある時は殺し屋に頼り、ある時は殺し屋を利用して手前勝手に振る舞う。加えて、ふたりともおしゃべりだ。ある時は殺し屋に媚びに媚び、ある時は殺し屋を詰りに詰る、俗っぽく非常に騒がしい奴らだ。

そしてこんな賑やかで汚れきったふたりを揃えているからこそ、寡黙でストイックで常にクールな塩沢が、眩しいのだ。沈黙は金、とはこのこと。


色を殺した、荒涼たる風景。


寡黙な殺し屋を引き立てる、冴え渡った演出について、触れておきたい。
鏑木創の素晴らしい音楽、宮川一夫の天才的なカメラワーク、そして、当時最高峰の大映の舞台美術の見事さ。それが、日本映画の枠を超えて、フイルムノワール的なフランス映画の薫りを生み出している。

本作の全編が神戸でロケ撮影された。港町とか国際都市には程遠い、裏ぶれた場所ばかりがロケーションに使われた。
冒頭シークエンスからして、塩沢が、まばらに工場の建つ荒涼とした湾岸の埋立地に降り立つところから始まるのだ。(物語は彼の回想という形を取り、そこから過去へと遡る。)
それ以外は、飛行場、墓場、裏通り、ラブホ街、そして四畳半の安アパート。

おおよそ映画という媒体には向いていなさそうなカットを、カメラワークと色彩とでスタイリッシュに演出する。
色はなるべく殺すことで、監督の森一生と宮川一夫は一致した。
だからこそ墓地の横の薄汚れたアパートの壁は元より、クライマックスの夜明け前の乱闘シーンですら、ぜんぶセピヤ色やグレーの色調なのである。
そうしたところに原色を唐突に挿入するから映像にめりはりが生まれている。

つまりは、
必要最小限に削ぎ落すこと。
これを映像からして徹底しているのだ。
だからこそ、クールで寡黙な男の物語がカッコよく映えるのだ。


クールな殺し屋、締まる台詞回し。


ただクールなだけじゃないぞ。
食材の仕入や桂子の存在など小料理屋の経営に頭を悩ませる姿は、人間臭くて魅力的だし、ボロアパートに胡坐をかいて煙草を吸う仕草、寝転がって週刊誌を読む姿、オフの時間、四畳半で日常を感じさせる風景は、可愛らしくて魅力的だ。

その日常生活とのギャップがあるからこそ、同じ針使いの梅安同様、殺しの世界=非現実に生きる男の姿が、きりりと決まる。

なお、本作の公開自体は、仕掛人・藤枝梅安の連載開始より5年早い。


そして、本作の決めのセリフは全て決まっている。
本作において塩沢はトータルで5分も話さないのだが、だからこそクールなセリフも決まるのである。 ハリー・ライムの鳩時計云々よろしく。
たとえば最後、任務遂行した塩沢は、おしゃべりな二人をこう突き放す。

遠慮はしないが、迷惑だ。
あんたのような風船玉なら、どこへも飛んでゆけるだろ。
お前達が考えたようなことは、俺も昔他人と組むたびに考えたことよ。

そして、ぱっと立ち去っていく。 実に渋くてカッコいいラストだ。


おまけ


前半、雷蔵の小料理屋のお手伝いをしている少女役で小林幸子が出演している。


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ドント・ウォーリー
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