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どうせ死にゆく恋ならば。4つの心中、「近松物語」「みじかくも美しく燃え」「Cold War」「遊び」。

何かにつけ不自由な時代には、「自由でありたい」と願う物語が好まれる。
たとえば、イノチを賭した恋物語が。

一時代前、その定番が心中もの であった。
時代が、周囲が課した枷によって、互いの仲が引き裂かれるのを、互いに案じて、追い詰められていく。
「一緒にいたいだけ」
その衝動に突き動かされるようにして、最後にはふたり手をつないで死を選ぶ。

もはや遠いものになったからこそ、やはり死にゆく恋は美しいと思う。
死の選び方も、心中のかたちによって様々だ。
ここでは、とき・ばしょを問わず、4つの心中ものを取り上げたく思う。

時は江戸:溝口健二「近松物語」。


菊池寛の「藤十郎の恋」で、役者・坂田藤十郎が役作りに悩む芝居がこれだ。

宮中の大経師の手代・茂兵衛は、ある誤解から師の後妻おさんと不義密通の汚名を着せられる。師の怒りを買った二人は、家を逃げ出し、たどり着いた琵琶湖で入水自殺を考える。
しかし、いつしか二人の間には真実の愛が芽生えていた。二人は命懸けの逃避行を続けることにするのだが・・・。

茂兵衛(長谷川一夫)、おさん(香川京子)、大経師以春(進藤英太郎)、助右衛門(小沢栄)、お玉(南田洋子)と適役揃いの配役に田中春男、浪花千栄子、菅井一郎、石黒達也の一流メンバーを網羅したものである。

特に注目されるのは長谷川一夫が初めて溝口健二作品に登場することで、坂田藤十郎以来の伝統ある上方和事師の流れをくむ長谷川一夫が、溝口監督一流のリアリスティックな演出と相まって、打ち出された相乗的な魅力の結晶が見事である。

さらに香川京子が若女房おさんという、かつてない新鮮な魅力を出して、長谷川一夫と四つに組んだ競演の成果は大きな見どころであろう。

角川映画 公式サイトから引用

以上、あらすじがこの映画の特長すべてを物語っている。
ここに付け加えるとすれば、おさんと茂兵衞が、互いの温もりを確かめるシーンふたつが重要だろう。

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いずれも茂兵衛の背中に回したおさんの白い二の腕、それが爪先を男の背中に食い込むように力一杯抱きしめている。
その背中は肉厚で、セクシャルだ。

逃げる二人は、不義でもなんでもなかったのに、いっしょに逃げるうち本当に恋に落ちてしまう。逃走生活の極限状態の中、二人の恋は激しく燃える。
互いに愛していることを、知り抜いているからこそ
ふたりは、積極的に互いにその愛を打ち明けるようになり、
逃避行の果てに、磔柱にあがることをも、ためらわない。

ラスト、市中を引き回される茂兵衛の伸ばした背筋は力強く、
おさんは、その背中越しに彼の熱を感じられるから、死も怖くない。
ここに遊びはない、他の監督の作品にはない厳しさ、重量感が、ただの天国に続く愛ではなく、「神話」として否応なしに盛り上げてくれる。


時は19世期末:みじかくも美しく燃え


妻子あるスパーレ中尉はサーカスで綱渡りをする娘エルヴィラと恋に落ち駆け落ちする。手配書が回り、やがて金もそこを尽き、森の奥深くへ入っていった二人が選んだ結末とは…。1889年にスウェーデンで実際に起こった事件を描いた悲しい愛の物語。

監督:ボー・ヴィーデルベリ
出演者:ピア・デゲルマルク/トミー・ベルグレン/クレオ・ジェンセン/レンナルト・マルメ
脚本:ボー・ヴィーデルベリ

紀伊國屋書店 公式サイトから引用

賛美歌または鎮魂歌たるモーツアルトの「ピアノ協奏曲第21番」が流れる冒頭。
日だまりの中を、二人の男女が軽やかに楽しげに時を共にする本編。
どちらも、美しい。
だからこそ、心中を決意した男女が 、死に場所を求めて彷徨う場面、特に、森の中、分かれ道で出会った見知らぬ男に 、男が名前をたずね 、そして自分の名を告げて去るシーンが、無性に印象に残る。

ここに近松物語のふたりが見せた「潔さ」はない。
どこでどう死ぬべきか、をふたりは問題にしているよう。
死にさいして 、最後にいかんともしがたく人間に残される、彼がその死の瞬間まで存在したことを 、誰かに確認させたいという希求に突き動かされるかのように、ふたりは歩き回る。
女には命の未練はなく、男にはわずかばかりの未練がある。
妻子はもとより、髭を剃って「将校」の証すら捨てた彼に残された唯一の証が「名前」。その未練を消すため、彼は己の「名前」を伝える。
彼は祈るような思いで 、おのれの名を伝えることで、おのれの存在のすべてを賭ける。

女は命を惜しまない。 男はわずかに命を惜しんでいる。 ここにずれがある。
じっさい、彼らが最後に過ごすときに、この「ずれ」というものが露わになる。
最後は夕暮れ時の草むらの上、陽だまりの中で、ピクニックのように敷物を広げ、ワインを飲み、パンを食べ、抱きしめ合い、ふたり一緒にいられる最後の時間を確かめながら、拳銃で自殺を遂げようとする。
それでも男は撃つことを躊躇う:女が催促して催促して催促した挙句ようやっと引き金を引き、女を撃ち、自らを撃つ。

ただの「命を賭した愛」に終わらせなかった。未練のある・なし、微妙な違いを物語に落とし込んだ。
この一瞬の「心残り」「ためらい」が、陳腐ではない、いまなお語られる映画に昇華させているのは、間違い無いだろう。


時は冷戦期:Cold War あの歌 ふたつの心


2019年に公開された「Cold War あの歌ふたつの心」は、
重要なのは、「東側と西側、どっちが上か」という話ではなく、「東側と西側、どちらでも居場所を失い、追い詰められていく男女」の心の機微を描いた所にあるだろう。

心と五感を刺激する音楽と映像で綴る冷戦下のポーランドで恋におち、時代に引き裂かれたピアニストと歌手の美しくも情熱的なラブストーリー。 音楽家で指揮者のヴィクトルと生徒だったズーラはポーランドの音楽舞踏学校で出会い、愛し合うようになる。冷戦中、ヴィクトルは政府に監視されるようになり、ベルリンでの公演時にパリに亡命する。歌手になったズーラは公演活動で訪れたパリやユーゴスラビアでヴィクトルと再会する。ズーラは彼に会うために、コルシカ島出身の男性と結婚し、パリに住み始めるが、やがてポーランドに戻ってしまい、ヴィクトルも後を追う。しかし、ポーランドへ戻った彼は拘束されてしまう。二人の愛が結ばれる日は来るのだろうか・・・。
キャスト
■ヨアンナ・クーリク(ズーラ役)
■トマシュ・コット(ヴィクトル役)
■ボリス・シィツ(カチマレク役)
■アガタ・クレシャ(イレーナ役)
■セドリック・カーン(ミシェル役)
■ジャンヌ・バリバール(ジュリエット役)
スタッフ
■監督・脚本:パヴェウ・パヴリコフスキ
■プロデューサー:ターニャ・セガッチアン、エヴァ・プシュチンスカ
■脚本:パヴェウ・パヴリコフスキ、ヤヌシュ・グウォヴァツキ
■撮影:ウカシュ・ジャル
■美術:カタジーナ・ソバンスカ、マルツェル・スワヴィンスキ
■編集:ヤロスワフ・カミンスキ
■音楽:マチェイ・パヴウォフスキ、ミロスワフ・マコフスキ

ハピネット 公式サイトから引用

流転の運命の果て、男女は心中を選ぶのだが
重要なのは、いまは廃墟と化した教会で婚姻の儀を行うシーンだろう。

東側と西側、
どちらの世界も共通しているのが 信仰の喪失だ。
東側では、信仰は一才否定され、教会は打ち捨てられている。
西側では、教会はあるも、人々は信仰を忘れ、享楽に耽っている。

資本主義陣営からも、社会主義陣営からも拒まれたふたり。
己の信仰を守るために、彼らは、司祭もいない教会で式を挙げ、薬を口に含み、風が荒々しく吹き付ける荒野の中へと、去っていく。


そして半世紀前:増村保造「遊び」。

ほんの半世紀前に日本で製作された本作は
貧困や暴力や性といった、今とそう遠くない現代社会の陰の部分を描きつつ
若い男女が死を選ぶ映画となっている。

町工場で働く16歳の少女は、内職をする母と寝たきりの姉そして父の残した借金を返すため、昼も夜もベルトコンベアーに追い回される毎日を過ごす。何の楽しみもない少女は、休日街へ出て少年に声をかけられるままに、喫茶店、映画館へ付いていく。生れて初めて優しくしてくれた男性がチンピラとも知らずに…。
デビュー直後の関根恵子をヒロインに迎えベテランスタッフを集結して作り上げた、増村保造の大映最後の作品。
キャスト
関根恵子、内田朝雄、杉山とく子、小峯美栄子、大門正明、根岸明美、
甲斐弘子、仲村隆、笠原玲子、山名佐知江
STAFF
監督: 増村保造
脚本: 今子正義/伊藤昌洋
原作 「心中弁天島」より: 野坂昭如
撮影: 小林節雄
録音: 須田武雄
照明: 渡辺長治
美術: 間野重雄
音楽: 渡辺岳夫

角川映画 公式サイトから引用


リアルに力いっぱい描いた、70年代の汗むせ返る青春群像も良いし
「近松物語」同様、少年少女が徐々に追い詰められていく過程も良いが
それ以上に良いのは、
あまりに明るく爽やかな「心中する」ラストシーンだろう。

組織は二人、少年少女を着々と追い詰める。とても逃げ切れはしない。行き場を失った彼らは川辺に浮かぶ壊れかけた小舟を見つけ、それを押しながら川に入っていく。小舟には水が入ってる。だけど向こう岸(彼岸)まではいけるだろう。

ふたりは裸になって(少年曰く「これで俺もお前も生まれたまんまだ!」)川に入る。
泳げない二人。それでも精一杯バタ足して、夏草に埋もれた川を筏で下って、二人どこかへと旅立って行く。笑顔のまま、朝霧の立ちこめる中遠く彼方へと消えていく。

追い詰められて死を選ぶのだが、彼らの姿からほとばしり出てくるのは、死の影ではなくみずみずしい若さのエネルギー。
生と死が逆転する瞬間。 「心中もの」の本質をずばり捉えて、美しい。

以上、4つの心中物語を取り上げた。
「命は大切だ」という強迫観念じみた規制コードが幅を利かす今、もういちど、この手の作品は見直す余地があると思う。

※本記事「近松物語」の画像は、Criterion公式サイトから引用しました。

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ドント・ウォーリー
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