![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/61954627/rectangle_large_type_2_d1d555ebc8a7af1f25be35dd9f7c72a9.jpg?width=1200)
それぞれの気持ち
めったに入らないヘルパーさんだった。
昨日は気持ちが乗らなくて、直接ぼくのかかわらない洗濯までお願いしなかったから、今日は壁際にTシャツやブリーフやタオルがひしめき合うように干されていた。
今日の昼ごはんはウチの作業所の食パンを頼んでいて、できあがりは昼過ぎになるはずだった。
午前中は昨日のゴタゴタを引きずっていて、買いものと作業所への顔出しから帰ってからも、めったに入らないヘルパーさんと世間話をしながら、いつものラジオも聴かずにぼんやりと過ごしていた。
めったに入らないヘルパーさんにお昼ごはんを先に食べてもらっても、食パンのできあがりにはすこし時間があった。
話をあわせようとしているわけではない。別にはっきりした価値観を持っているようにもみえない。実際に、わが家へ出入りする様々な考え方のヘルパーさんの会話から、彼の名前が登場する。若いのにうまくつき合っているなあと、ちょっと関心する。ひょっとしたら、ひとつの価値観に捉われないことがこだわりなのかもしれない。
もうひとつ、彼の真骨頂は周囲への心遣いかもしれない。とにかく、いっしょに過ごしていても、よく気がつく。
そんな彼がひしめき合った洗濯物を見て、ぼくに訊ねた。
「このブリーフ、この干し方で大丈夫ですかぁ?」と。
たしかに、洗濯バサミがひとつだけで吊り下げられている。キレイに広げられていないので、見た目にも乾きが悪そうだった。
近ごろの速乾性の素材は、室内干ししかできないわが家の強力な味方になってもらっている。
だから、彼の問いかけによぎった言葉は「どっちでもええでぇ」だった。
それでも、もうすこし気の利いた答えかたを探していたら、追いかけるように誰の気持ちも傷つけないエンディングが用意されていた。
「干しかたって人によって違いますよね。あんまり自分のやり方を他のヘルパーさんに変えられたくないですよね。このままにしておきます」と。
「らしいなぁ」と思った。
秋分の日、小さな誤算が待ち受けていた。
前日、スーパーへししとうと缶コーヒーと固形石鹸を買いに行った。
レジへ並ぼうとしたとき、山積みされた三個入りのおはぎが目にとまった。
「お彼岸かぁ」、そういえば近所の遊歩道に彼岸花が咲いていた。
最近は白もあれば、金色にメタリックされた品種も植えられている。
ちなみに、ぼくの地元では彼岸花を家の中に持って入ると、火事になるという言い伝えがあった。
だから、ぼくにはあまりいい印象が浮かばない。
でも、阿弥陀さんの手を連想させる花よりも、ぼくは茎の緑の鮮やかさに吸い寄せられてしまいそうになる。
さっそく、おはぎもカゴへ入れられた。
夕飯のあと、めったに泊まらないヘルパーさんにおすそ分けして、いっしょに食べるつもりだった。
けれど、書くことに夢中になって、すっからかんと忘れてしまっていた。
翌朝、テーブルの上に視線がいくと、何やらプラスチックが灯りに光っていて、おはぎのことを思い出した。
その日は、めずらしいことに泊まりを入れると、六人のヘルパーさんのリレーになっていた。
「誰かと食べればいい」と、軽く考えていた。
声をかけるはずの朝のヘルパーさんが帰って、なぜか「おはぎ」が目に入った。
すこし「しまった感」はあったけれど、一日は長いはずだった。
とても大事なことを書き忘れていた。
朝のヘルパーさんが里帰りの差し入れに、わんさかとあれこれ持ってきてくれて、その中には洋菓子も含まれていたのだった。
カステラ系なら、早めにいただいたほうがよい。
賞味期限は長いとしても、カステラ系は時間を置くとパサパサになりやすい。
食通のヘルパーさんだから、美味しい洋菓子であることに間違いはない。
わが家には、今日中には食べてしまいたいスーパーで買ったおはぎ三個入りと、食いしん坊のぼくが早めの「お召し上がり」にこだわりたい絶対に美味しいはずの洋菓子が同居してしまったのだった。
お昼ごはんの時間のヘルパーさんは、この日もっとも仕事とプライベートを分けて考えたい性格の持ち主だった。
試しに、訊ねてみた。
「おはぎか、絶対にうまい洋菓子があるんやけど、食べてみいひんかぁ」と。
間髪入れずに、応えが返ってきた。
「ぼくはいいです」、明快な応えだった。
お昼過ぎにやってきた彼は、喜んでパクパクと食べてくれそうな性格に違いなかった。
ところが、なんやかんやとややこしい話をしているうちに、ここでもまたおすそ分けを忘れてしまった。
パクパクと食べてくれそうな彼を引き継いだバランス感覚のずば抜けたNくんは、ややこしい話に首を突っ込んで抜けなくなってしまい、そのまま泊まりのSくんにバトンは引き継がれた。
夕ご飯が終わる寸前に「三個入り」を思い出し、食後の薬を飲みながら洋菓子が目の前に浮かんだ。
血糖値は高くないとはいえ、「三個入り」と一口サイズでも、夜更けにコレは思案をしたくなる。
Sくんは午前中の彼ほどではないにしても、あまり食べ物関係のやりとりをしたくはなかった。
これまでも、なんどかやんわりとお断りされたことがあった。
でも、とりあえず訊ねてみた。
彼とぼくはつき合いが長い。
「おはぎ一つ食べてくれへんか?」、これだけですべてを察した彼は、何事もなくオッケーしてくれた。
暮らしているのはぼく一人だけれど、合計すれば三十人近くても、一人ひとりのヘルパーさんがそれぞれの性格を持ちあわせている。
ぼくは一人だといっても、それぞれの人に、それぞれの場面によって現れる自分がいる。
さらに、ヘルパーさん一人ひとりも、同じように様々な自分を携えながらぼくと接している。
まっすぐに向きあいながら、適当にいなしながら、泣き笑いして暮らしていきたい。