ABBEY NOTE
戸塚校長のインタを毎日見ているが日に日に身体が真実に接近しているのを感じる
”近付く”なんてものじゃあない ”接近”してるんだ
この国には今科学としての大和魂が必要だし、もはや義では勝てない
いや、今の甘ったれた価値観は間違いなく義ですらない
人間はシステムだがそこまで心は通っていなくて単純だから
↑ここまで下書きに残っていたけど誇張だったかもしれん こいつ全然カジュアルに人殺してるし
とはいえ一人の時に校長の喋り方を真似ると癖になるし、一度友達に手癖でHSPは治療可能という話をしかけて危なかった
普段会わない人に会ったら激鬱に入り仮死状態になった
人生を進めるものがいる一方俺はずっとよくわからないことをしているし、それで得られる達成感も普通に高校生とかで通って終らせておくべきことなので実に10年以上遅れているし、差が更に拡がることだってありえる
考え得るはどちらも得られずどちらも言い訳にして惨敗することだがこれはどの側面でも美しくない
俺はシリアスなことしか話したくない
心がざわつくもの、心が落ち着くものどちらも素晴らしい
そして両方を常に充足する存在として、アコースティックなJAZZこそ最高の音楽と言える(異論は認めるし、人の数だけ答えがあるだろう)
JAZZの熱については改めて言及しない
驚くべきこととして科学として作られているはずのアンビエントでは到達できない落ち着きがあり、言葉で説明できない非科学のこの要素こそ美しいとさえ思う
科学は素晴らしいが本当に心を打つかという領域に入ると科学と非科学の立ち位置が裏返る
いや、科学の蓄積の上に非科学が立脚し感動を生む
大和魂は勿論大切だが、大和魂以外も大和魂の重要性の証左として必要と言える
年末年始をかなり楽しみにしていたがまだ身体が自閉についてこれていないため全く面白くない
まだ店は開いていてチープな快楽が享受できる
だが明日から遂に本物の自閉に突入しないと振り落とされる
お前達は何をする?俺はDJの機材を見てきた
俺は本屋と楽器屋以外に行かない
本屋と楽器屋には力または力の根源が眠っている
振り下ろされた斧は美しいが、弓引かれている斧はこれから更に美しくなる兆しさえをも秘めている
俺に必要なのは、土地と時間だ
使い古された斧、まだ使っている斧、そして可能性を最大限秘めている新しい斧をしまう小屋が必要だ
勿論生きている限り斧を振るうから時間も大事だ
そしてそれらは全て手に入る
俺がいまやっていることが到達すればこの世の全てが手に入る
あの頃発達の遅れと弱さにより諦め人生の舞台から消えたものたちがまた姿を現そうとしている
いずれ到達した時の俺の手に収まろうとしている
これから物陰から完全に姿を現すだろう
マイナスがゼロに向う時が一番面白く、まさに今時を経てゼロに向うチャンスに手をかけている