ノートマ、大麻、成長、開花
いい加減に生きれば絶対に楽になるものの、今のバランスを何かしら崩すのにはどうしてもリスクを感じる
ウーバーで暮らしてるDreamer友達のTwitterを久々に見ていたが別に死ぬほど大変でもなく、何より必要以上に必死な人間特有の他人への刺々しさがなくてとにかく健全なのが伝わってきた
Dreamer界隈の立ち位置とかその友達も見せていない部分で相当頑張っているのは間違いないと思うけどノブレス・オブリージュを成立していられるのを見て、ネガティブな嫉妬や冷笑は一切無しで純粋に羨ましいと思う
だからといって会社を辞めたり今の生き方を変えようというほど揺さぶられたかというと全然そうではなくて、好きな時にハードカバーの本を躊躇なく買えるような物質的余裕は相変わらず捨てたくない
というか今の生活のし方は変えずにもっと力を抜く、が自分の一番やるべきことなんだけど数年で出来るような簡単なことではない 簡単に出来ることに元々バリューはない
ただ最近昔よりは感覚が掴めてきている
特に外の部署で偉そうにしてる割に無能なオッサンを見る機会が最近多くて、そういうカス共を見ると別に年取ってるのにこの感じでもいいしそんな成長ってしなくていいんだなと良い感じに諦めたりできる
近代から現代で文明技術は上がったけど上位を除くと人の質はそんなに上がってない そんな何十年とかじゃ上がらない
ただアゲてくれている上位と変に同化混同していて他人への期待だけ上がっているが正解で人口減ってる分人の質は下がってるだろう
期待が苦しみを生んでいていつか実際のチープさに期待が追いつくとまではいかなくても公的な期待がグンと崩壊するのを心待ちにしている
公的な期待が下がると間違いなく生きやすくなるけどそれを待たずに力を抜いて即生きやすくなりたい
現実が立ち行かなくなって本を読んでいる時間が増えた
あまりの逃避欲に平日仕事終わりだろうが無意味に最寄り駅の外に出ることが多少増え、移動時間が増えれば本を読む量も増える
ずっと最優先で向き合わなければいけないものから逃げようとしている結果本の世界に意識を逸らしている
こういう似たような苦境は何度かあり、現行が今までで一番難関ということもあればそうでもないこともある
ここで過去のものと比べて一度冷静に向き合い直すのは大事かもしれないがいざ渦中となるとそういう余裕もあまりない
薄っすら昔を思い出すことはあるが時間の経過しか解決してくれるものはないんじゃないか
原因が取り除かれることが解決の本質だが綺麗に解決に導いてくれたものは思い返せば経年以外なかったんじゃないか
だから何か働きかけて解決、という知的な営みは正直効果がなくて過ぎ去るのを待つしかないし逆に言えば解消までに耐えきれなくなったらどうすることもできない
単純で理不尽な話だが自分は何もせず過ぎ去るのを待つだけにしたい
これ以上に自分の身の丈に合った解決策はないし、無事でやり過ごすことを目指す
積読は読みが気持ち悪くてあまり好きな日本語じゃないけどあると間違いなく便利な概念なのは認める
太め負荷重めの本が3冊+ノーマル新書3冊ほど積まれている
現在実質無職状態につき確変に入ったため順番に消化できそうになっている
自分は咀嚼力が弱いため負荷の高い本を読み切るには数プロセスを踏んで読まないといけない
①本に触れ同じ箇所の手戻りを繰り返す
②脳を本に慣らし最適化された状態になる
③最適化状態を継続し集中的に読み切る
一度短期集中しないと読めない
ただ1周読み切ると2周目以降はある程度同じ状態を再現できる
何より読書は入眠に良い影響があって、昼間使いきれなかった集中を一番良い形で消費できる
昔いわゆる推し活みたいなことをしていたがコロナ禍で物理的に不可能になったのを経て今は一切やってない
他人の人生を応援する状態って一見かなり楽でコンフォートゾーンで楽しめるから完全に見えるのに対し、自分の人生を全力で生きるのは全然楽しい起伏がなくて失敗がダイレクトにあって苦しい
自分の人生をやるのは何より成功している同年代とかが見えやすいから余計恥ずかしくて惨めになる
とかいう理由で楽な推し活に報酬系がちょい依存されていた
対象が舞台俳優系だったのでコロナ禍に入るとそういう活動が出来なくなって停止する訳なんだけど、慣れると別になけりゃないでもいいし寧ろあの浪費は何だったんだと思い始めるし、図らずも原因が取り除かれて依存が治る一番自然で乱暴な経緯になっていた
コロナ禍は終わって対象が活動をまた増やしたりとかになる反面自分も会社に行き始めて土日しか可処分時間がないから時間の希少性に気付くみたいなのは勿論あるけど、それよりも平日のそういうのに行けなくなると同時にこういう活動したことある人は何となく共感できるけど根幹に100-0思考が多少あるせいで何個か参加出来なかったら一気に他の全部参加するモチベーション無くなるのが結構大きかった
他人を応援するモチベーションもなくなったら自分の人生を生きるか寝そべるしかなくなる訳だけど、他の成功している人と自分のカスさを比べて悲しむ構造を分解すると実は全然感情論じゃなくて、他人との差って大部分コミットした時間(リソース/経験)の差でしかない
明らかに冷笑してくるジジイとかいるけどそういう虫はかなり例外で、普通にやってる有識者とかは思ったよりこっちに姿勢を合わせて接してくることが多い
もし人との差が時間とか経験じゃなくて才能(そんなものは、ない)とか内面的なものと捉えていて一見ショックを受けるんだろうけど、経年で得られるものとなるとその場で言われてパッと改善できて埋められるものじゃないから全然納得して受け入れられる気がする 才能とかも勿論フィードバックされてすぐ手に入る類のものじゃないけど時間の方が4次元軸だから説得力がある
あと薄っすら自分って言うほど継続してやれてないな っていう自覚を突かれるのが一番大きいかもしれん
今実家にいるけど人生の時間が止まってどこにも行けない感覚になる
でも実際時間は経過しているから、冷静にならないといけない時は実家に来て強制的に凍結してる方がいいかもしれない