森をサードプレイス third place として位置づける
多感な頃、親でもない家でもない学校でもない、自分の居場所がほしいなあとぼんやり考えていた。それは小学校の中学年の頃から始まり、中学、高校、大学の頃まで「ほしいなあ」と思いながら、時にその場を見つけ、時にその場に出会えぬまま、人生を小難しく過ごしていた。
小学校の通学路の途中に、父の職場の裏手の敷地内に、リネン室のような、シーツやふとんを畳んだりするための小屋があった。当時どういう名前で認識していたかは思い出せないが、仮に、ふとんの家、と呼ぶことにする。職員だと思しきおばちゃ