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【小説】夜に編ム 1.赤い目-5

「せやね。だから大変やねんヤク中の父親と一緒に暮らすって」
 またたびは裸のまま、冷蔵庫にむかった。背中は一面、花魁の浮世絵で埋まっている。冷蔵庫を開けると、水の瓶にレモンの輪切りが入った飲み物があった。それを手にとって開けると。一息で半分ほどのんだ。カルキ臭い水を、レモンがほんのり薄く包んでいる。
「だって、包丁片手に、家の中をうろうろするんやで?」
 ほんま堪忍。またたびはベッドにもどった。髪の長い男はなにも言わずタバコをふかしている。
「うちの入れ墨も、もともとは虐待でできた傷を隠すためやってん。せやけど、この世界はいったら結構おもろくて、やみつきなったんや」
 またたびは、まくらのそばのサイドテーブルから巾着をとり、五右衛門キセルを出してハッパ詰めて百円ライターをこする。しかし、なんどこすっても火がつかない。男は何も言わずにジッポーライターを彼女にわたした。
「ありがと」
 じりじりとハッパが燃える。それはどんな筆舌をつくしても語れないほどの美しさだ。
「おかんが守ってくれへんかったら、ほんまどうなってたんやろなあ……。感謝しかないで、ほんま」
 男は灰皿に葉巻をいぶして、あおむけになった。またたびは親愛の目でその動きを見ている。
「長屋の一人娘が選べる職業なんてすくないわ。その中でもけっこークソな商売選んだわ。気に入ってるけど。でも堅気やないしな。それはあれなんかな、肯定したかったんかな? うち。堅気やないおとんおかんのこと」
 キセルの灰を落として、冷ますためにパイプを手でくるくる回す。それを巾着のなかにもどした。
すると、男はゆっくりと立ち上がり、冷蔵庫へむかう。缶チューハイを一本とりだして口をつけた。その背中をまたたびは見ていたが、やがて眠気に襲われて、古い毛布にくるまった。
新月。星がよく見える晩。またたびは女としてその部屋で眠った。高いプライドを脱ぎ捨て、本当の自分をさらけ出せる相手がいることに、安堵して、まだ生きていていい。いきていける気配を感じて、彼に感謝しつつ。眠りの海におちていった。
男は窓を開けた。それから、スマホを見て今日のジョブの忙しさを感じつつ、着替え、肩まである髪をしばった。
「参護。ひとりにしたら、あかんよ」
 寝ぼけ眼で出ていく男にまたたびが言う。男は薄く笑い、まじないのように、彼女のほおにキスを残して、まだ日の出ない朝の街へ出ていくのだった。

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Asha Wakugami
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