レモネード【小説】第1話
仲本美里は、いじめられていた。それを見ても、伊志嶺るねは動かなかった。最初は明らかな<いじめ>であった。ものを隠されたり、つくえに落書きをされたり、靴に画びょうをいれられたり、まあ、ありきたりなもんだ。しかし、美里が教師に相談し、問題が浮上するとみんな目に見えたいじめはやめた。その代りはじまったのが<無視>である。徹底的なまでの無視。お前はここにいない。そう無言で突き放しにかかった。それもクラスをこえて学校中である。それを知りつつるねは思うこともあったが、面倒ごとに関わるのは嫌だった。見て見ぬふりもいじめなら、自分も加害者だということもわかっていた。
そこは沖縄県うるま市にある中学校。緑化に力をいれている、勝連にある県立高校の下部組織だ。終業のチャイムが鳴ると、帰宅部のエースるねは学校を出た。とにかく息がつまるあの場にはいたくなかった。
赤い橋。太平洋を望むそこは、<海中道路>。うるま市与那城から、平安座島、宮城島さらに伊計島に渡るための大きな橋であり、若者からお年寄りまで訪れるドライビング・スポットとなっている。とくにこの時期に多いのはサーフウィンドなどのレジャーを楽しむ観光客である。島で自慢できるのはカラフルなドロップをひっくり返したかのような南国の魚市場と、海ブドウの養殖くらいのもので、パッとはしない沖縄の田舎であった。島のおっちゃんたちは釣り竿を垂らすか、昼間から酒をあおってよだれを垂らすかだ。
るねは宮城島に住んでいる。朝、学校までは祖父に送ってもらっているのだが、帰りは歩きだ。途中、おつかいを頼まれたのを思い出して海の駅に。店に入る前にアルコール消毒をし、不織布マスクをつける。
「あら、るねちゃん久しぶりー」
「おばさん。久しぶりです」
「見ないうちに大きくなったねー」
「ああ、ええ」
親戚のおばにあいさつをすると、るねは<黄金芋>をひと袋780円で購入し、3円ビニール代を払って、右手にぶら下げる。風の強い日だった。
ふと、青い海に、浮いた輪郭を見つけた。背丈はるりよりすこし大きいくらいの、金髪の長い、――いうなればレモネードのような――髪の少年に、るねには見えた。遠くからでもその異質さがわかる。だらっとした長袖に半ズボンで指に安っぽいスニーカーをひっかけて、波打ち際を遠く見つめながら歩いている。
「どこのひとだろ」
その言霊に惹かれて、少年はふり返った。目鼻立ちは整っていはいるが、欧米人ほどほり深くはなく、アジア人とのダブルに見えた。目が、青かった。その目が、太陽を反射したシーグラスように、キラリ、と反射する。
「なに?」
男子の声。やっぱり男の子だ。るねはそう思ったと同時に、その美しさに見とれている自分に気がつき顔を真っ赤にして走り去った。少年は不思議そうにその後ろ姿を見ていたが、髪をかき上げると、再び海に目をやった。まるで、なにかが届くのを待っているかのように。
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