【小説】夜を編ム 2.首に猫-1
2、 首に猫
「すいません! 井口さん、タオルあります?」
井口に死神博士とイタチがやってきた。数年に一度の春の嵐で、心配になった死神博士がイタチの様子を見に行くと、そこにはずぶ濡れのイタチがいたのだ。そして、井口にやってきた、とこういうわけである。“黒い”店内。しかしタオルは流石に白である。博士は大きめのスポーツタオルでイタチを拭いてやる。それは一度目ではない。優紀はコーヒーをいれてやろうとポットを洗い場から出したところで思いつく。
「博士ってお酒飲める? 人並みに」
「ええ、まあ人並みに」
優紀の頭の中のスイッチが切り替わり、普天間カナデが、初めて死神博士の前に姿を現した。彼女は何食わぬ顔でホットワインを作りはじめた。優紀が用意した古着にイタチは着替えた。
「グレッグを作るわね」
「あ、いや。自分本書くんで」
「その本の話が聞きたいの。15分くらい、いいでしょ?」
はあ、と答えて、なんの話か疑問に思いつつ博士はイタチとカウンター席に座る。しばし、沈黙。イタチは早く温かいものがとりたい。歯がガチガチいっている。
「新しい本の内容は?」
「あ、読みます? まだプロットですけど」
「あら、ありがとう」
タブレットを受け取り、カナデは読みはじめた。舞台は1971年。コザ暴動が鎮静化し、祖国復帰運動が隆盛を見せる中、復帰を望まなかった県人ジャズアーティストが主人公だ。
「硬派なのね」
「こんなんしか書けないですよ、自分」
「本に必ず必要なものを教えようか?」
彼は黙った。それは拒否の態度だった。チートを使わずにひとりのちからでのし上がるのが博士のやりたいことだったから。しかし、自分の関わる舞台の赤字がもう自分だけではペイできないと彼は知っていた。
だから、耳を、貸した。
「それはね。……エロティシズムよ」
「恋愛ですか?」
「あら、何もエロは恋愛だけに限らないわ。イタチを見て」
言われて、仕方なく博士はイタチを見た。カナデがニヤリと嗤う。
「こんな何も知らない子、男なら、めちゃくちゃにしてやりたいんじゃない?」
「まさか!」
死神博士は真っ赤になって怒鳴った。イタチが怯える。
「はい、グレッグ。イタチちゃんにも。これは私からの奢りでいいわ」
香辛料を加えた、ホットワイン。イタチが口をつける。酒を飲むのは二度目だが彼女は意外や意外、いける口だ。
そして博士は戸惑っていた。明るく元気な優紀と妖艶だが毒のあるカナデの全くの違いに。ホットワインはシナモンが効いてて好きな味だった。
「でも目の付け所はいいわ。あの頃の沖縄ジャズは黎明期だったものね」
「そうなんですよ。でも文献でしか知らなくて」
「いいじゃない? 空想の世界で。でも、ジャズを舞台にするには、踊り子は欠かせないんじゃなくて?」
死神博士が目を丸くした。
「誰が何人どんな風にあなたの舞台で踊るかしらね?」
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