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【小説】夜に編ム 0.コーヒー・ショップ
夜に編ム
湧上アシャ
0、コーヒー・ショップ
そこには、香ばしいコーヒーの香り。シンプルにしつらえられた店内。ひとりの女性がカウンターに立っている。店の奥には、キーボードを叩く青年。丸メガネをかけているそのめは淀んで光っている。店にふたりの客が入ってきた。ひとりは中年男性。少し恰幅のいいおじ様、といったところだろうか。もうひとりは女性。棘のない朗らかそうな二十代前半といった感じだ。男は見渡すほどでもない店内をキョロキョロする。ホストである女性が気づく。青年のために沸かしているコーヒーを置いて、メニュー表を持ってきた。
「いらっしゃいませ。お好きな席にどうぞ」
客は奥のふたりがけのテーブルに座った。
「コーヒー」
「私はコーヒーと、あんことバターのトーストを」
「かしこまりました」
コーヒーがポットの中で踊っている。女マスターはあわててガスを切った。少し冷ましている間に、パンにバターを塗る。それを黒いトースターに入れた。彼女は黒いワンピースの上から黒いエプロンをしている。調度品も黒に近い青だったり茶色だったりする。モスグレーの壁には抽象画がかかっている。
青年の前に、コーヒーがやってくる。ミルクもついていた。ここではミルクをたのまないと、ブラックで出てくる。それを彼は知っていた。ふたりの客にもコーヒーがふるまわれる。ふたりともそのブラックコーヒーをすする。
「食事の後はどうする?」
「お店が開くまで、買い物しよ」
なるほど、同伴出勤というわけだ。青年がマスターを見るとマスターは肩をすくめた。青年はようやく黒い液体を白い液体でけがした。
「おまたせいたしました。あんことバターのトーストです」
客の女性はハフハフ言いながら食べはじめた。ストリングスとピアノの静かなBGMが流れている。客の男は満足そうに視線でその女を愛でる。そこには、その街がかつて赤線だったことのなごりが見える。きっとこの女もスナックやガールズバーで働いていて、男は常連客なのだろう。青年はぬるくなったコーヒーをグッとあおった。
女性客がふたり入ってきた。青年は夜のにおいは感じなかった。ふたり組はココナッツカレーをたのんだ。ここはカレーの店でもある。つづいてカップルが二組入ってきた。十人いれば満席になる、この店はあっという間にひとの熱気につつまれた。しかし、それは厳かでやさしいものだった。
青年はキーボードを叩く手を止めて、外に出た。店主は別段とがめない。寒緋桜が赤々と咲いている。青年はキャメルのメンソールに火をつけた。灰色の空が、今にも泣き出しそうだった。
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