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二馬力の宇宙船に捧ぐ讃歌(For Citroen/シトロエン 2cv)

暗い争ひの歳月が終わつた世に
おまへは人々の前に現れた

おまへは人々に新しい日々をもたらすために来た
しかし人々はおまへの姿を目のあたりにして
笑つた

おまへの見目は確かに不格好だつた
嘴はおおきく目は小さく
後ろに跳ね上げた尾羽根ばかりが目立つて
飛べない水鳥の幼子のやうであつた

けれどもおまへの骨や肉にこめられた匠は
おまへの姿よりもむしろ強く美しく
おまへの出自を証した

おまへの足は農夫や馬や牛を苦しめた土をまたぎ
おまへの背は彼らの荷を背負つた

雨にぬれる石畳の街道を上り
パンを人々のもとへと運んだ

夜逃げする一家とその荷物を救つた
恋人たちの熱い逢瀬に揺れた
老夫婦を故郷へと運んだ

やがて人々は気が付いた
おまへが物言わぬ友であることに
おまへがその道の傍らにいつも佇んでいることに

産めよ増やせよあちこちに
おまへとおまへの兄弟は国中の道を走り始めた
海を渡り異国の土と道と風と雨を知った

二つの心臓もてアフリカの砂漠を渡つた
樹脂の体で北米の海辺を走った
アジアのモンスーンの砂利道に踏み入つた

おまへの仲間がどんなに増えようとも
おまへの魂が薄まることはなかつた

おまへは自由だ
おまへは宝石でも夜会服でも
車の姿をした自尊心でもないから
おまへは虚栄から自由だ

おまへは純然たる車であり
おまへの誇りは
おまへを愛しおまへと暮らし
おまへと人生を旅する人々だけが知つてゐる

おまへに附いた泥
おまへの傷や凹みそして錆
それらが
われらの記憶の重みでなくてなんであらう

無縁の人はあづかり知らぬ
記憶といふ質量から
時と空に舞ふ揚力が生まれることを

茶畑の片隅の倉庫の中で
主人を待つているおまへは
この世を超へて飛ぶ小さな宇宙船だ

おまへは人々を目覚めさせる
人々を結びつける
人々を歓ばせる

おまへの故郷は星ぼしの彼方
いつかそこに帰り着くための翼を
飛べない水鳥と言われたおまへが
われらに与へてくれた

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