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ムムムのムよりフフフのフ。

白内障の術後経過も良好でひと安心。今まで見えなかった腕のシミには目を瞑り、はっきり見えるようになったテレビの字幕に喜んでいたら、右目に黒いモヤモヤが現れた。
ムムム。
網膜裂孔の後遺症で時々こんな症状が出る。すぐに消えるだろうと呑気に構えていたら、あれよあれよと黒い雨が降りだした。そのうち右目は黒い霧の中。左目を閉じたら何にも見えない。
ムムムのム。
一時的なものでありますようにと祈りながら就寝。けれど翌朝目覚めるとまだ霧の中。
ムムムのム。なんて言ってる場合じゃないかもと、慌てて眼科へ駆け込んだ。
まあまあイケメンのK先生曰く、1年前と同じでどこからか出血しているとのこと。
緊急性はないのでまた血止めの薬を飲んで様子を見ることに。ムムムのム。
膠原病内科のロン毛イケメンI先生が、長年ステロイドを飲んでいるので血管がもろくなっているからねと。
確かにいつも体のどこかに内出血があってアオタンがあるけれど、目の血管までは考えが及ばなかった。
網膜裂孔の時みたいに、チャチャっとレーザー治療で見えるようにならないの?と訴えてみる。
そんな簡単なものじゃないんですよ、とK先生。
ムムムのム。
あ~、もうホント呪われてるとしか思えない。
誰か呪いをといてくれ~!

ため息をつきつつ、病院前のバス停でバスに乗り帰路へ。
座ってうつらうつらしていたら「次は終点~」のアナウンス。目を開けてムムムのム。
見覚えのない景色の中、バスはゆるゆると坂道を下っていた。ムムムのムムム。
ここは何処?
「終点横浜車庫~」
はぁ?
はぁぁぁ?
ボケっとしていて行き先も確認せずに乗っていた。乗客は私ひとり。なんてこったい!
運転手さんに「私、どうすればいいですか」なんて間抜けな質問。
反対側にバス停があるけど、本数が少ないから待つようだったら坂を上がったほうが早いよと、苦笑しながら教えてくれた。
このくそ暑いのにあの坂を上るんかい…。
諦め半分で時刻表を見ると、10分も待たずに次のバスが来る。思わず歓喜!
神様ありがとう!
ベンチはギラギラ太陽さんにさらされているので、自販機で飲み物を買って日陰へ避難。上らずにすんだ坂道を眺めつつため息ひとつ。
な~にやってんだかな~。
バスが沢山並んでいるだけでな~んにもないところ。ぐるりと緑に囲まれて、いったい何処の田舎やねんて感じ。
見えない右目を手で覆い、ゆっくりと景色を眺めてみる。
う~ん。
最近、こんな風にゆっくりと景色を見ることを忘れていた。通院だ母の用事だと、目的地まで脇目も振らずに一目散で、景色を見る余裕がなかった。
知らない場所で誰もいない。
時間がゆっくりと流れているような気がする。
神様がくれた小さなひとり旅かもしれない。

あんたね~、たまにはのんびり景色くらい見なさいよ。
ほら、空だって眩しいくらい青いでしょ。
お月様ばっかり見てるんじゃないわよ。
フフフのフ。
確かに。
何故か女言葉の神様にひとり笑ってしまう。
フフフのフ。

バスが来て、しっかりと行き先を確認して乗った。読書もできないので流れる車窓の景色をぼんやりと眺める。
何年も通っている道なのに、何だか初めて見るような景色。いつの間にかお上りさんみたいにキョロキョロしていた。

時間が早かったのでそのまま電車で母宅へ向かう。
夫にライン。
「このまま母詣でに行くね」
すぐに返信。
「了解。気をつけて」
「チャーハン作ってあるよ」
ハートビームのスタンプが返ってきた。
フフフのフ。

駅を降りて、いつもならスーパーに直行するのだけれど、なんとなく駅前広場のベンチに腰掛けた。
見慣れているはずの風景なのに、やっぱり初めて見るような感じ。
ふっと横を見ると、ベンチの後ろからはみ出している植木の葉っぱにセミの脱け殻がしがみついていた。

へぇ~。こんなに人通りがあるところで脱皮したんだ。
頑張ったね~。
フフフのフ。
バスを乗り間違えなければ、このベンチに座ろうなんて思わなかっただろう。そしたら君にも会えなかったね。
しがみついている姿がいじらしくて、優しい笑みが零れる。フフフのフ。
うん。こういう時間をもっと大切にしないといけないな。
ムムムのムよりフフフのフ。
穏やかな気持ちでいれば、右目の呪いもとけるかもしれない。なんて思う。

さてと、優しい気持ちになったところで母宅へ向かいますか。と、夫からライン。
「チャーハン美味しいよ💓」
ハートビームのスタンプを返信。フフフのフ。

セミの脱け殻にバイバイして、スーパーへ一目散。
おっと、ゆっくりゆっくり。
フフフのフ。




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