絶滅と微生物――微生物の多様性について――
最近唐突に思ったことなのだが、害のある細菌やウイルスの撲滅って本当に必要なことなのだろうか。
ナショナル・ジオグラフィックの記事で、絶滅の危機に瀕したセイウェンカズミズガエルのロミオのパートナーが見つかった、という話がある。しかしこの記事の内容に関して、違和感を覚える箇所があった。
それは、飼育環境が菌が少ないものであるということ。もちろん、両生類に害を及ぼすことがはっきりわかっているツボカビ菌に関して検査するのは納得がいく。しかしながら、種が少なくなるのにはそれ相応の理由があるはずだ。
私は両生類の研究者ではないし、自分の専門外のことであることも知っている。しかしながら、豚コレラの対策に関しての文献を読むうちに、なんとなく僕のこの違和感が表現できそうな気がしてきたので、筆を執っている。
豚コレラは、豚に感染する病原体だが、人間に害はない。菌も70度くらいで加熱すれば、ほとんど残らない。しかし、感染すると豚が死んでしまうというので、豚コレラは生産者の間で対策が敷かれている。
片や絶滅の危機に瀕するカエルを救おうとしているのに、片や菌やウイルスがいない環境を作ろうとしている。
それって広義の枠組みの生物の、多様性の露骨な否定ではないか。
病原体のいない環境を作ろうとして菌を殺す薬やワクチン、滅菌環境を作っているけど、それがかえって環境に負荷を与えていないだろうか。
私は学生時代、環境汚染物質の分解に関わる研究をしていた先輩を知っているが、彼がやっていたのは分解されたかどうかを大腸菌の増殖の度合いによって調べることだった。要するに、大腸菌というものを環境汚染の指標にしていたのだ。
何故、数多ある細菌の中から大腸菌が選ばれたのか? 僕は学生時代はそのことを意識したことはなかったが、最近生物の多様性ということを考えるにつれて、大腸菌が恐らく「菌の中で」代表格であるというよりは、単純に「人間が住みやすい」環境の指標になっているのだということを感じた。
それは、ロミオが微生物の存在が極めて少ない環境下で飼育されていることからも伺える。彼らにとって菌の存在はロミオをはじめとするセイウェンカズミズガエルの繁殖には不要の存在であると考えられているのではないか。
もちろん、ツボカビ菌に感染するのはまずいが、他の菌のサポートなしに繁殖できるという保証はどこにあるのだろうか。人間でさえプロバイオティクスが言われており、膣剤も近年はそのような観点から研究されている。
実際、自然界を占めているもののほとんどは難培養菌であるし、大腸菌を環境汚染の指標にすることは、自然界を人間が住める環境に近づけるという意味合いに近い。そのことが間違っているとまでは言わないが、それは本当の意味で生物多様性を肯定することにつながるのだろうか。
要するに、自然界に多様性を取り戻すための研究が、人間界の基準でものを見ている研究になっている気がするのだ。
実際、シーナ・アイエンガーの『選択の科学』では、動物園にいる動物の寿命が、自然界の寿命の平均と比べて短いことが言われている。
動物園について、彼女は、働かなくてもよく、好きなだけ自由な時間が与えられ、ほとんど常に自分の好きな食事が提供されており、一日中寝ていてもいい、敵もいない環境ではあるが「ここを出ることはできない」という環境、と喩える。
もちろん、動物園を否定するつもりはない。しかし、動物園は全く外界とのストレスがなく、外敵もいない、動物のために配慮した環境が再現され、餌も豊富に与えられているのに、寿命が短いというのは奇妙な話ではある。
ここで私は、アイエンガー自身が提唱している、選択肢が増えても必ずしも幸福とは限らない、という仮説を踏襲しようとは思わない。確かにそういう側面もあるだろうが、絶滅の危機に瀕するカエルたちの、個体数の減少の原因がすべて突き止められたわけではないからだ。
原因として、カエルの側から調べられることはかなりわかっていると思う。そうではなく、微生物の多様性のことを問題にしたい。
例えば人工衛星も進歩し、ドローン技術も進歩してはいるが、それでも世界にある菌の絶対数が完全にわかっているわけではない。種の数ですら完全にはわかっていない。すべて数え切ることは不可能かもしれない。
それでも、世界にはどれだけ沢山の動物がいるのかは、少なくとも種の数はわかっているから、その個体数まで完全にわかった気がしている。しかしながら、自然界にいる生き物の個体数を前提に多様性を語るなら、微生物の個体数も考えた方がいいと言える。
微生物の個体数のバランスが崩れた結果、ツボカビが増えたり、この種の両生類の常在菌が減ったりして、個体数が減少したりしているのではないか。
こう主張することによって、私は何も「ツボカビが増えてカエルが滅びてもいい」と言おうとしているわけではない。そうではなく、カエルが減っている原因にはカエルをとりまく菌やウイルスなどが関係しているのではないかという視点を持って、カエル以外の着眼点から研究するべきだと言いたいのである。
だいたい、これだけ世界で気候変動が言われているのだから、微生物だって滅びたりしているかもしれない。絶滅によって微生物のバランスが崩れた結果、害のある微生物が増えた可能性もあるのだ。
しかしながら、微生物の絶滅種や化石についてはほとんど研究が進んでいないようなのだ。
例えば今地球上には、その空間にいる微生物の数を数えたり、計算したりしてくれるカメラはない。ナノマシンや人工知能の開発が進んでそういうものが出てくるかもしれないが、これらの数がある程度見積れるカメラが出てくるだけで、世界の様子を本当に本質から理解することができるだろう。
それが実現した世界というのは、実際SFの世界なので、作家としての私自身の課題とも言えるだろう。
未来への想像力を働かせることは、楽しい。
今日はこの辺で。
記事の単価を500円にしました。
そんなに安売りしない方がいいと思ったのと、立ち読みでもいい感じにしたくて。
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