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私は競争心があまりない人間です

これはただひたすらに母の子供への接し方が私にぴったり合ってたという話で
私がなんでこんな自分を中心において考える人間なのだろうと考えたことを
いつも通りつらつらと書いたメモになります

私にはあまり競争心がありません
これは生まれた時からの性格な可能性は高いですが
周りに影響されやすいことを考えると
小さい頃から一番時間を一緒に過ごしてきた人に言われてきた事が
今の自分の考え方を作っているのだろうなとと思います

今も昔もそうですが私は
誰かよりできるようになろう、上手くなろう
というよりは
自分はこうなりたいからそこに向かって頑張ろうというマインドでいます
だから成長スピードの速度とか上には上がいるとか
私にとっては重要だと思っていません
最終的に自分がなりたいと思ったレベルに到達できれば自分的には合格なのです

思えば
私は小学生〜高校生までバスケをしていたのですが
私はバスケをしている時間を長くしたい、そのためには試合時間に椅子に座っているだけじゃなくて、試合時間はコートに立ってバスケをしていたいと思っていました
チームの強さはどうだったにしろ
ベンチウォーマーで終わった小学生から
スタメンになった高校生で
私はバスケでやりたかったことを達成しました

そして小学校の頃から勉強は全然できませんでしたが
ハイスクールミュージカルにハマって英語に興味を持った時は
この高校生みたいに英語で話せるようになりたいと思い
大学卒業時には海外に行って日常を過ごすには何にも問題がないくらいには話すことができるようになり
自分的には英語でやりたかったことを達成しています

他にも自分的に達成したことは多分たくさんあると思いますが
大きくはその2つがあるかなと思っています

私の家族は見事なまでに母がワンオペ育児をしている体制でした
専業主婦をしていた期間も長いですが
父の仕事場が移動したことで
全く知り合いのいない、困っても簡単に自分の親に子どもを預けたり頼ったりできない距離の県に移動したことは
母にとってすごく大変だったと思います

学生の頃は全然気づかなかったのですが
この前ふと
母が私に教えてきてくれたこと
かけ続けてくれた言葉が
私の性格に寄り添ってたことに気づきました

それは他人と比較しないことです
自分が興味を持ったことに突き進みなさいということです
私には性格も興味の方向性も全く違う兄がいますが
兄は兄で興味のある方向に進み、今ではなんだかんだ充実した日々を送っていそうです
(ほぼ連絡は取りませんが…笑)
恐らく母自身が他人と比較されること、他の人と違う価値観を持っていることを全く気にしない
私にとっては強いと感じる人間なんだと思います

これに関しては1つ思い当たるエピソードがあります

私は高校生の時みんなが持ってるスクバ(スクールバッグ)がほしいと思いました
高校がバイトが禁止だったため
母のお金で買って良いという許可を受け
るんるんでどれにしようか選んでいたのですが最後2択で迷いました
1つ目はみんなが持っているような紺色か茶色みたいな色
2つ目は色味がむちゃくちゃに私好みのチェリーレッドの色(タイトルの画像の真ん中に写っている色)

チェリーレッドは持っていたら絶対に目立つだろうなと思い決めきれずにいました
その時母は私に
母のお金で買うんだから他の人の色にしないで、自分で好きだと思った色を買ってほしい
と言いました

初めて学校に行く時は学校の先生に何か言われないか
カートストの上の方にいない私がそんな目立つ色のスクバを持って同級生に何か思われないかすごい不安でしたが
結果チェリーレッドを買いました

そして不安に思っていたことは何も起こりませんでした
でも心は充実感でいっぱいで
そのスクバをずっと大切に使い続けることができました
多分あの時の私は最強にキラキラしてたと思います

卒業する時には後輩にスクバを欲しいと言われたので
スクバを満足するまで使えた私は
その子にあげちゃったのでした
(母にはなんであげちゃったの!!って若干怒られました)

最初はなんか思われるかなって思っても
自分が納得して、満足して
自信を持っていると
いつの間にか他の人はそれに対して
なんかいいなって思ってしまうものなんですよね

友達との付き合い方も
学生の時はめちゃくちゃに苦しみながら他人とおんなじになろうとして自分を押し殺すような考え方をしてましたが
今は大人になって
友達などの集団の中では私の個性で存在してればいいという考え方になりました
自分の個性を見てくれる人、いいなと思ってくれる人の中で
居心地良く自分が存在できているなと感じています

私は他の人と比較して
自分の目指したい場所に到達しても
苦しみながら上と言われるべき場所を目指したり
やりたいことを達成しても
満足できないでダラダラと続けたり
ということがないのかなと思ってます

他の人から見たら私の足りない部分なんて
数えきれない程あると思います
でも他の人から見て完璧な人なんて
目指す必要ないと思います
他人に生かされているわけじゃなくて
自分で生きることを選択しているので

自分がオッケーと思ったそれはオッケーなんです
他の人から見てオッケーだと思われないのであれば
オッケーだと思ってくれる人の場所に
環境を変えたらいいんです
世界中探したら絶対そうゆう場所はあると思うので
今いる環境が世界ではない

私は満足感、充実感のある世界でこれからも生活していきたいと思っています

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