口の中がリアス海岸だった私が、60枚のマウスピースで生まれ変わった話。
「わかなの歯並び、リアス海岸〜!」
これは私が、2歳上の姉に小学生の頃からずっと言われ続けてきた言葉。
ギャグセンスは100点かもしれないが、言われた本人はそれなりに傷つく。
リアス海岸といえば、入り江が複雑に連なった海岸地形を指し、伊勢湾の出口にある志摩半島などがそうだ。美しい景観を連想する単語であると同時に「ギザギザ」「ガタガタ」を連想する単語でもある。姉はもちろん後者の意味で使っていた。
姉は歯並びがいい。その上、ろくに歯磨きもしないのに虫歯もなく実に恵まれている。だから言い返す言葉がない。悔しい。
両親は姉の発言も私の歯並びもよく知っていた。けれども歯科医師から歯列矯正を強く勧められることがなかったことから、歯列矯正には全く非協力的だった。出費を抑えたい気持ちもあったのだろう。
「大人になったらお金を貯めて歯列矯正するんだ」
そう決意し、26歳で念願の歯列矯正を始め、3年後に完璧な歯並びになった私の投歯(=歯のケアへの投資を表す造語)ストーリーを綴る。
歯のクリーニングと「ねこのたまご」が大好きだった子ども時代
母は歯列矯正には非協力的だったものの、虫歯対策には投歯してくれた。
母は幼い頃から虫歯が多く、ほぼ全て銀歯となってしまった自分の歯にコンプレックスがあった。虫歯治療でドリルを使うことも多かったらしく怖い体験もしてきたとか。
だからこそ我が子には虫歯になってほしくない想いが人一倍強く、小学生の頃は少なくとも一年に一度は歯のクリーニングに通っていた。
当時釧路市に住んでいた私たちは、歯医者のあとは「ねこのたまご」を買って食べるのがお決まりだった。ひんやりしたお餅の中にふわふわのアイス。美味しかったな。
そんな母の虫歯警察の取り組みが実り、姉と私は高校生まで虫歯ゼロの功績を挙げた。
デンタルフロスと出会い、歯間の風通しは大切だと気付いた25歳
大学生で親離れが進み、母の虫歯警察が行き届かなくなったとき、姉はついに虫歯が出来始めた。内心しめしめと思っていた。
私は歯並びが良くない分、虫歯はできないようにと丁寧に磨くのが常だった。丁寧とは言うものの、せいぜい歯ブラシで歯の表面をせっせと磨くだけではあるが。
それでもなんとか大きな虫歯ができることもなく社会人に。歯磨きには自信があった。だが上には上がいるということを知る。
当時交際していた恋人は日系ブラジル人。彼は幼い頃から「歯間ブラシだけは必ず毎日使いなさい」と母に言われていたようだ。
おそらく日本よりも海外の方がオーラルケアの意識が高く、歯磨きは歯間まで磨いてこそ本当に意味のある歯磨きだと知っている人が多い気がする。
映画でも、5歳くらいの子が両親に見守られながら歯間ブラシで歯磨きするといったシーンを見かけたことがある。邦画ではそのようなシーンを見たことがなかった。
彼の話を聞いて早速デンタルフロスを購入。帰宅後、歯と歯の間にフロスを通し、歯の側面に沿って数回上下に動かしてみる。詰まっていた食べカスが綺麗に取れる。
「なんだこの風通しの良さは……!」
私はデンタルフロスの虜になり、25歳にして初めて本当の歯磨きをマスターした。
親知らずを4本一気抜き!歯列矯正の準備は万端
2020年秋。コロナ禍だが徐々に飲み会が復活してきた頃。会社の飲み会で久しぶりに再会した先輩が、この自粛期間を活用して歯列矯正をしていたことを知る。
話を聞くと、ワイヤー矯正ではなく、見た目が目立ちにくく自分で取り外し可能なマウスピース矯正とのこと。費用は100万円程度するが、デンタルローンを組めば月々の支払いは数万円程度に抑えられる。
思い立ったが吉日。今しかない!と決心し、先輩から話を聞いたその日にクリニックへ来院予約をした。
来院すると、まずは丁寧なカウンセリングから始まり、見慣れない機械を使って口の中をスキャンする。改めて自分の歯並びを見ると、見た目のガタガタさだけではなく、前歯で食べ物を噛めなかったりと嚙み合わせが悪いことにも気付く。
歯を動かす範囲が大きいため、親知らずを4本すべて抜歯することになった。しかも4本を一気に、だ。抜歯したことがなかった私は「一気に終わってラッキー」くらいに思い、抜歯当日を迎えた。
麻酔のおかげで手術中の痛みはなかったのだが、抜歯後が大変だった。埋もれていた歯を抜歯するためメスを入れており、傷口がそれなりに大きかったからだろう。顔が1.5倍くらいに腫れた。
とにかく痛くて口が開けられなくて、食べられるものといえばおかゆとゼリー。大好きな歯磨きもつらい。しばし痛みに耐えた末、無事に抜糸でき、歯列矯正のスタートラインに立てたのだった。
3年間のマウスピース×ゴムかけ奮闘記
最初の矯正計画で作られたマウスピースは30枚程度。一週間ごとに新しい形のマウスピースに交換し、少しずつ理想の形に歯を動かす。一日の装着時間は22時間以上が推奨。
私の場合は、より歯が動きやすくなる仕掛けをつけることになった。まずはアタッチメントと呼ばれるレジンでできた突起物。歯の表面に取っ掛かりをつけて、マウスピースを外れにくくし、歯に適切な矯正力を与える効果がある。
さらに「ゴムかけ」の推進力も借りることになった。歯の表面にボタンと呼ばれる突起物をつけ、これにゴムをかけて引っ張ることでマウスピースだけではかけられない矯正力をかけることができる。
歯の表面に突起物がある状態は想像以上に違和感がある。北海道弁で言うと、まさに「いずい」状態。
「これも理想の歯並びを得るため……」と奮い立たせて一日一日を乗り越えた。
また、矯正中はマウスピースがあることで、歯に唾液が回らなくなり、虫歯になりやすい環境となる。そのおかげで虫歯ケアはこれまでに以上に気を配るようになった。
食事をしたらすぐにフロスで歯と歯の間を掃除、歯の表面と舌をブラッシング。最後の仕上げは、マウスウォッシュで口腔内を綺麗にした後、CheckUpのジェルを歯に塗り込む。
これが私の新しい歯磨きルーティンとなった。
その後、30枚目になり来院すると、上下の歯の真ん中の位置が少しズレており軽微な補正をすることに。30枚ほどのマウスピースが追加された。
まだまだ奮闘は続くのであった。
※ちなみに私のプランの場合、規定期間のマウスピース追加での追加費用はなし。
リアス海岸を工事し、完璧な歯並びを手に入れた現在
3年経ち、ついに最後のマウスピースになった。
再度クリニックへ来院し、歯の状態を確認してもらう。「今日で矯正終了です」という言葉を聞いて舞い上がったことを今でも覚えている。
全てのアタッチメントとボタンが取り外され、歯の表面をツルツルに磨いてもらう。「ああ、これが私の本当の歯だ……」と、舌で歯を撫でまわし、感動の再会をする。
矯正が完了した後も、歯並びが安定するまでは後戻りないように保定期間を数年程度設けるのが一般的だ。
「リテーナー」と呼ばれる保定装置を1日20時間目安で装着する必要がある。リテーナーとは、歯を動かす機能を持たないマウスピースである。
装着時間は一日のほとんどで変わらないものの、アタッチメントとボタンが取れたことでノーストレス状態になった。歯並びが綺麗になったこともあって、毎日鏡を見ながら歯磨きするのが楽しい。
綺麗な歯並びを手に入れることで、「リアス海岸」と言われることがなくなっただけではなく、虫歯ケアの偏差値も高くなった。おかげで社会人になってからの新規の虫歯はゼロである。
そして最も意外なメリットだったのが、食事が楽しくなることだった。綺麗な歯並びになることで、今まで前歯で噛み切れなかった肉料理が美味しく食べられるようになったり、歯に食べ物が挟まりにくくなった。嬉しいサプライズだ。
あのとき、歯列矯正をしたばかりの先輩に出会えたことは運命だろう。
私もあなたの運命の出会いになれるだろうか。歯列矯正をやるかどうか悩んでいる人の背中を押せますように。
これからも最高の歯並びで、80歳になっても自分の歯で厚切りステーキをむしゃむしゃ食べてやるんだ。
You have to try to look after your teeth!