セクハラ教師を公開処刑に処す②
前振り
息を吸い込んだ。
なるべく通る声を意識して努めて落ち着いて声をあげた。
「私はソフトボールが嫌になったことはありません。先生に触られるのが嫌なだけです」
私の声の通りの良さは小学生の頃から折り紙付きだった。
地域の祭りで歌わないかと誘いをうけたことがあるくらいの腕前だ。
どうやら作戦は成功したようだ。
職員室中が私の話しの内容に聞き耳を立てるように、先ほどまでの談話する声や、作業途中のカタカタと机を鳴らす音が一斉に止んだ。
「はあ?お前馬鹿じゃないのか?そんなことあるわけ無いだろ」
と、呆れたような苦虫を噛み潰したようななんとも言えないような緊張をはらんだようななんともいえない表情で石村が咄嗟に反論する。
意に介さずつぶさに自分の話をし始めた。
公開処刑
「なければ、いちいちこんなこと言いにきませんよ。嫌だと言っても止めてもくれないので退部することにしました。
大体、私は小学生からソフトやってますが、バッティングフォームを直すのに抱きつかれたことは無いですし、太ももや尻を触られたこともないし、それをほぼ毎回のようにするのは先生が初めてです。
それに、書道の授業のときも筆の持ち方を直すのに、いきなり後ろから抱きつくみたいに覆い被さって私の手を上から直接握り、更に姿勢が悪いと言って背中から尻をさすりましたが、後ろに座る山谷(夏子の苗字)さんは立て膝をついていたのに注意一つしませんでした。
最後に「お前髪きれいだな」といって素手で私の髪をすきましたが、これはどういう指導なんですか?」
職員室の空気も手伝って、私の主張は今やここに座る教師全員に伝わったに違いない。
「そ、そんなことしてない!!!!!」
大声で吠える石村の顔が茹で蛸のように紅潮していた。
その顔があまりに間抜けでこみ上げてくる笑いを必死で堪えた。
同時にあまりにあっさりと自分のしたかった報復が果たせてしまって力が抜けた。
鼠に噛まれたタコ
窮鼠猫を噛む。
というところだろうか、完全にこいつは私を見誤っていた。
自分の玩具だと思っていたモノが意思を持っていたことも想定外だったに違いないが、それに只今致命的な恥をかかされていても、反乱の準備もしていなかったために何も抵抗できずうろたえるしかできないでいる。
今でもたまに見かけるが、自分は人に危害を加えているくせに、やった相手からやり返されたとたんに被害者面をする人は人間関係を一体どのようにとらえているのかと疑問に思う。
自分の行為が何であるのか客観的に捕える力が欠落しているか、その、模索や葛藤を忘れて暴君と化しているのか。どういう了見なのか。
しかも迷惑なことに自分こそその暴君である自覚に乏しかったりする。
私は感情は何一つ語らなかった。
出来事だけを淡々と述べた。
それが一番パンチが効いていたに違いない。
石村は欲のままに自分で自分の行動を改められなかったので、たまたま私のような生徒に本来秘密裏に継続しておきたかったであろう性癖を開示されているのだ。
とんだ馬鹿者である。
この件は脚色をなるべく省いた方が聞き耳を立てる人の人格をより洗い出せると思ったし、通常の感覚を持ち合わせているならば、聞けばそれなりに心が何かを掻き立てられるような出来事じゃないかと思う。
私は本当に悪趣味だと思う。
おかしくてしょうがなかった。
今まさに私の手によって料理された茹で蛸が出来上がった瞬間だった。
とても不味くて食えない茹で蛸だが。
でも、苦し紛れに墨を吐き続けるその顔に良心の呵責も生じなかったのは事実だ。
あー清々した。と、思うのだった。
石村の今後の教師生活のことなど知ったことではない。
思う壷と小さなプライド
その後の石村は感情のままに怒鳴り散らかしていたが、対する私は目の前にいても全く聞いていなかった。
むしろ、心の中で「どんどんやれ」と思っていた。反応して大声を上げればあげるほど私の発言は真実味を帯びて先生達に伝わったことだろう。
我を忘れ自分からどんどん醜態をさらしていることに気づける客観性と理性があるならとっくにこんな事態を招いていない。
私の体を撫で回した時こそすでに、前頭葉が萎縮していたのかもしれない。
理性が機能していたとはとても思えない。
しばらく経っても石村の怒りは収まる様子を見せなかった。
自分の排泄物を処理できない幼児のようだ。
しかし、今日からの職員室でのこいつの過ごしにくさを考えると最後くらいは自分で言い止めるまで、突っ立っててやろうと思い、帰ることもできたが自分の意思でボケッと立ち尽くしていた。
人って言うのは面白い。
私が中学生にしてこんな腹黒さでこいつを貶めようなど思っていることを気づいた大人はどのくらいいたのだろう。と思う。
しばらくすると私の学年の社会科担当教師が割って入ってきた。
「石村さんいい加減にしたらどうですか。ここは職員室です。大声はやめて下さい」
私の方を向いて優しい笑顔を投げ掛けてくれた。
だけど、その時にはそれを「ありがたい」と受け止める素直さまでどこからに捨ててしまったようで、何も思わず呆然と見ていた。
もしかすると、その教師から「かわいそう」というような同情のような感情を感じていて「それじゃない」と言葉にならない思いを感じていたのかもしれない。
ともあれ、その仲裁のおかげで私は晴れて退部することができ、石村の捌け口からも解放された。
姿勢を正しく一礼をくれ、職員室をあとにした。
廊下でスキップしたい気分だった。
だけど、自分の心まで鬼になったようでアイデンティティーがぐらついた。
結局やった後も完全にこれでいいとは思えず、良かったんだ!と無理やり思おうとしていたのだと思う。
私が欲した言葉
そんなことを思いながら、足取りだけは軽く教室に戻る途中、年子の兄の学年の英語担当教師が走って追いかけてきた。
「春子!!すごいわあんた。敵に回すと一番怖いタイプね。でも私、あんたみたいな娘大好き。よくやったね!」
って満面の笑みで誉めてくれた。
林原ティーチャー(アダ名)が魔女の宅急便のおそのさんのような豪快で爽やかな笑顔をたたえながら背中をバシっと叩いた。
大人や教師への信頼を失いかけて、石村への嫌悪一色の食えない茹で蛸面で染まる心のうちをかき消すように林原ティーチャーの笑顔が上塗りされた。本気で大丈夫だと思えた。
中学生とはいえ自分のやったことが全くわからないわけではなかった。
私の感情が収まらなくて仕返しをしたのだ。
こんな私を「大好き」と明け透けに言ってくれる人がいるなら、まだなんとかなる。素直にそう思った。
今でもこの2つの出来事はきちんとセットで思い出される。
私がこの件をきっかけにグレることなく、またトラウマ化もしなかったのは、林原ティーチャーと、国語担当で2年次の担任となった「そこらのおばちゃん」キャラの二人の大人のお陰であると思っている。
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