サクラサク。ep13
「クロ、起きてる?出かけよう」
吾輩は猫である。そんな毎度お決まりの挨拶をする暇もなく、サクラは空が明るくなる前に、吾輩をカバンの中に押し込んだ。
思い返せば、サクラは昨晩から様子が不自然だった。
「ただいま」
いつものように玄関まで迎えに行ったが、サクラはしゃがみ込んでしばらく動かなかった。
顔を隠して、何も言葉を発しない。
お腹でも痛いのだろうか。ミャーと鳴いて声をかけてみる。サクラはやっと、ただいまの挨拶をした。
だけど、靴を脱ぐ気配は一向に見せない。
玄関でずっとうずくまっている。
吾輩はただオロオロとし続けた。
「今日は仕事の帰りに病院へ寄る」と、朝言っていた。とても元気そうで、むしろニコニコしていたから、なぜビョウインへ行く必要があるのか不思議だった。
もしかして。
いや、不吉なことを考えるのはやめよう。
長い間、サクラは玄関から動かず、やっと立ち上がったかと思ったら、無言で吾輩のエサを用意し始めた。そして、自分のゴハンは用意せずに、シャワーだけ浴びてすぐに寝た。
いつものカリカリのはずなのに、あまり美味しく感じなかった。エサを残して吾輩もすぐに寝た。
吾輩は猫だから、宵闇の中でも目が効く。
サクラの動く気配がした。外はまだ真っ暗なのに。仕事に行く時間じゃないはずなのに。
そして、冒頭のセリフに戻るのだ。
「クロ、一緒に行かない?誰も私たちのことを知らない街へ」
それは、俗に言う“駆け落ち”ではないだろうか。
ニンゲンと猫の、愛の逃避行が始まった。