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【企画】忘れられない外国人のあの人

東大大学院でロボット工学を学ぶフランス人

「こんにちは」と入ってきた生徒さんはひょろりと背が高く、そして派手な色のシャツに、スキニータイプの黒パンツを穿いて、さらに派手な色の靴下だったと記憶している。その時の印象は「謙虚なルパン三世」だった。

彼の研究室では使用言語は英語。彼の日本語能力はすでにN1レベルだったので日常生活も問題がない。単に好奇心、趣味として、もっと色々な日本語の表現が知りたい、本を読んだり今の話題について話したりしたいという目的で、日本語のプライベートレッスンを希望してきた。そして、テキスト以外のことがやりたいと希望していた私が担当となったのだ。

自由なテーマ、絵画展から物理まで

彼との授業はテキストがないので、彼のやりたいことを聞いて、それをネタに授業をするスタイルとなった。

ある時は村上隆の絵について。彼は絵画展に行って、村上隆の絵をとても気に入ったようだが、私は知らなかったので、「どんな絵で」「どこが他と違って」「何が特に気に入ったのか」を説明してもらい、そこで足りない語彙や的確な表現を入れ、再度導入した語彙や表現を使ってまとめて説明してもらった。

ある時は振り子の原理について。私は理系は全て苦手だ。飲み会に行った時に割り勘の計算をするのさえ、頭が痛い(のでさっさと携帯で計算することにしている)。彼はそういう人にも分かるように説明したいというので、逆に専門的な難しい言葉を簡単に、小学生でもわかるような言葉に置き換え、説明してもらった。

古典を読む授業

そして今度は『源氏物語』が読みたいという。それも原文で。さて、困った。原文となるとハードルが高い。「いと」は「とても」と一緒だ、「おかし」は「おかしい」じゃなくて「面白い・興味深い」という意味だと、いちいち意味を説明すべきなのか、「こ、き、く、くる、くれ、こよ・・・」動詞の活用も現代と違う。しかしこれを一つ一つ教えるのは楽しくなさそうだ(あくまで私的な意見です)。そしてそれは彼もあまり希望していない(ように見えた)。結局、原文と下に現代語訳があるものをテキストとして、

①最初に絵を見て、内容を想像する。着物や、小物、髪型など今と違う平安時代の風俗について資料を見ながら話し合い、理解を深める。

②原文を範読する。当然彼はほとんど分からない。しかし、聞いた印象、現代文と違う古文の音、リズムなどを感じる。(彼はリズムがよく、心地いいと言っていた)

③小さい段落に分けて、文を読んで(現代語訳も見ながら)、大まかな意味をつかむ。重要語彙「おかし」「いと」や重要な基本動詞「こっちへこ」の「こ」、「いかむ」の「む」などは意味と活用を少し説明。登場した人物の関係や背景、物などは資料も見ながら理解を深める。

④小さい段落を読みおえたら全体の内容を要約してもらい、感想をシェア。この時点で誤解があれば文を再度確認しながら修正。これを繰り返し、最後は全体を要約して感想を話し合い、おしまい。

日本語学習者に古典を原文で教えるなんてやったことがなかったから、挑戦だった。彼は気に入ってくれたようで楽しいと言って授業を受けてくれた。時には光源氏の性格や、平安時代の女性の扱いについて話したりして、資料を見るだけで1時間過ぎることもあった。

授業スタイルと自信を作ってくれた

本当に彼との授業は前例がないことばかりで、準備して、ドキドキしながら反応を待つの繰り返しだった。彼はもうフランスへ帰国したが、最後にあった時に「先生の授業は楽しかった」という手紙と、私の大好きなピエールエルメ様のマカロンをプレゼントしてくれた。

それ以降、私は生徒さんが好きなことをするフリースタイルの授業に自信が持てるようになった。彼のおかげだと思う。感謝している。彼は今もどこかでロボット研究をしているんだろうか。。。




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