肉ジャガの思い出
もう何十年も前のことだが、国道2号線、尼崎の杭瀬あたりを車で走っていると、信号待ちで、目の前にまっさらな新型のジャガーがいた。
「あれ新型やなぁ? 新車でなんぼぐらいするんやろうなぁ……?」
「最低でも一千万ぐらいじゃないですか…知らんけど…聞いた話ですけれども、ジャガーを新車で買ったお客さんには、最初の1年で最低でも、別に2〜300万円の修理代がかかると言うことを、事前に納得してもらうらしいですよ」
と隣の席の人間が言った。
「それもまたすごい話しやなぁ、故障しても、メーカー保証と違うんやろうか」
「保証だけでは足らんらしいですよ」
「そやけど…やっぱりジャガーって、見た目はカッコええよな」
やがて前方の信号が青になった。
しかし、なかなかそのジャガーが出発しない。
エンジンでも調子が悪いのだろうかと思いながらジャガーの後で停車していたが、しばらくすると前のジャガーのドアが両方ドバッ!と、開き、左右から男性がそれぞれ飛び出して逃げていった。
「これはおかしい、穏やかではないぞ」
と思っていると、なんとボンネットから煙が出ているではないか。
私は慌てて車線をはみだして追い抜き、その横をすり抜けて立ち去った。
なりゆきをゆっくり見たかったのだが、あとの予定が押していたのだ。
今思い出しても、もったいないことをした。
ところで、そもそもジャガーと言う車は非常に珍しいので、地元で走っていると、しぜんと印象深くなってしまう。
私がよく見たジャガーのナンバープレートは、なぜか…たまたま…神戸33のあと、「・・29」だった。
そんなことから我々は、その車を「肉じゃが」と呼んでいた。プレートナンバーが「29」だったからである。
そのことを、なぜか突然思い出して、たまたま隣にいた客人に話したら、今夜のメニューが肉じゃがになった。
なった…と言っても、つくるのは私なのだが……。
肉は牛すじを煮込み、じゃがいも は別に蒸してから、後から合わせて煮込んだ。
それをひとくち食べた客人が、
「美味しい!」と、絶叫しながら、
「ところで、さっきの話しですけど、一つ数字がずれて「29」ではなくて、「39」だったら、
ミックジャガーだったのに」
と、つぶやいた。