別れの断章 (号外)  [第57話]

(号外)

啓蟄が過ぎて数日後の或る日の朝。嵐と呼んでもよいほど空は荒れて、雲の隙間から青い稲妻が突き出てくると同時に轟音が轟いた。朝のまどろみの中で緩やかな休日の朝を迎えたいと願っていたのに、春雷はこの想いを打ち砕くように鳴り止まない。窓際に寄り添い、ガラスに額をつけながら灰色の空を見ている。大粒の豆をばら撒いたような大きな音で、雨が空から地面へと叩きつけられるのを、私はじっと見ていた。

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小説「朝の歓び」で「紫色の雷光が、夜の海の上で烈しく走りつづけるのを眺めながら、江波良介は、海辺の旅館の窓辺に坐ったまま、ひとりで四十五歳の誕生日を祝ってウィスキーを飲み始めた」と宮本輝は書き出している。

明らかに私は、小説のこの冒頭を思い浮かべるために布団から抜け出しガウンを羽織ることなく自室の窓辺まで来た。そして、更にもうひとつのシーンへと想いが遷移してゆく。

春雷が駅の構内に響き渡るのを思い出しながら、あの日の夜のこと知っているのはあの人と自分だけであることに、言葉にはできない安心を感じている。あんな土砂降りのなかで、永遠かもしれない別れのシーンを、ひとりの女性と共有した一瞬があったのだ。

雨粒が転げまわるように地面で踊るのを見ながら「あなたは京都で偉くなってね」と呟いた。それが合図のようにそのあと新幹線の扉は閉まった。

続く