東北は遠いところでした・・・・  [第38話]

五月の風が吹き抜けていった京都に夏がやってきて、新しく始まったばかりの暮らしは次第に落ち着き得て、学生から大人へと急激に変化した生活を私は一人前の顔をして送っている。

別れは辛くて悲しかった。そんなことはわかっていた。♪迷子の迷子の子猫ちゃん…と歌ってみては、しょんぼりとしたものです。

二度と起こり得ないような出逢いをくれた彼女だっただけに、これから再会できないと思えば、このまま自分は立ち直ることなどできず、何処かに蒸発してしまえばいいじゃないかなどと思い詰めて死んでしまうのではないか…。

モノ思いに耽るような日々もありました。

でも、一方で、アッケラカンとした自分がいることもあって、研究所の仕事も楽しかったし、休日にはバイクで出かけたりするようにもなって、市内の古刹を訪ねたり、郊外の旧街道を走ったりする喜びも覚えていました。

ときどき、手紙を書いては彼女へと送りました。エアーメールの便箋で、たくさん書きました。彼女も同じ便箋でくれました。彼女から手紙が届くのは1、2週間に1度しかないのに、仕事から帰ると毎日のように郵便受けを覗いたものです。

(不思議にも私は電話を掛けませんでした。生の声を聞きたいとは余り考えなかったようです。あの性格は今でも変わっていないみたいだけど。)

「あなた宛ての手紙がいつもマンションの郵便受けに入っていたの、覚えてるわ」と、ある人は言う。ある人…。同じマンションに住んでいた女の人で、二年後には私の奥さんとなるのだが…。

せっせと手紙を書き、バイクに乗って飛び回っていながら、彼女の住む東北へ走って行こうと、私は思わなかったのでした。

東北ってところは私にしたら途轍もなく遠いところで、夢のようなところだったのです。まさか、そんなところに行こうなんて考えるはずもなかった。ですから、その年の夏は紀伊半島を走って、秋には乗鞍へ出掛けただけでした。

つづく