幻の旅 ―東北― 6 [第44話]
このものがたりを書き始めたころは、こんなにいつまでものんびりと書いているつもりはなかった。キラキラと輝くシーンを、短く、幾つかまとめておこうと考えていたのでした。
そして、、、最後にはひとつのシーンを思い浮かべていた。
なぜなら、このものがたりのすべては、その時間に収束してくるからです。喜びも悲しみも、出逢いも別れも。
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あぶくま洞から郡山市内へ帰ってきた時刻は、夕方だった。
日記には
|いつの間にか日が暮れていた。
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|夜には酒を飲んで、
|ホテルの階上でさらに食事をして、
|部屋に戻ったのが10時過ぎ。
|バンダナを買ってもらった。
|思い出の多い1日だった。
と書いている。
ホテルはワシントンホテルでした。彼女のお母さんが来客用にと買い備えてあった宿泊券だったのだろう。そのときにはそんなことなどに気が付くはずもなく、誰かに貰って余っていたのかな…などと考えた。無理やりに家に押しかけたりして散々迷惑を掛けていたことに何年も後になってから気付く。
「いいから、使いなさいよ」
と彼女は私に渡してくれた。
日記には
|今夜の宿は、ワシントンホテルだ。
|バイクが心配なので駐車場に入れて荷物を降ろして・・・。
と暢気なことを書いているのが、何とも最高に恥ずかしい。
その夜。
飲み屋で何があったのか。
ホテルでどんな話をしたのか。
記憶にも、記録にも、ない。
エレベーターのドアが閉まったとき、すかさず、私は彼女に抱きついた。歯と歯がガチガチと当たったのがわかった。
ところが、高層まで一気に上がるはずのエレベーターが、途中の階で、誰かが押したボタンのせいで止まった。
ドアが急に開く。
乗り込む人の姿がドアの前に見えたのだが、・・・、とっさに私たちは離れて、同じ方向を見るような形に並びなおして、深くうつむいた。口の中にじわっと血が広がるのを感じながら、クスクスと笑いがこみ上げてきたのを覚えている。
最高に恥ずかしかった。身体じゅうが赤くなるのを感じた。そして、時間が経つにつれて切れた唇がずきずきと痛み出してくるのがわかる。酔いは相当に深くかった。
その後のことは、もう記述する必要はないだろう。
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記憶は、何年もの間にしばしば蘇ってくることもあったが、そのことを忘れてもいいと私は思った。もちろん、忘れることなどはできないのだが。
赤いバンダナは、その後、どこであろうと旅に出かけるときには首に巻いた。私のトレードマークになってゆく。しかし、そのバンダナも、ある日あるところで風に吹かれて失くしてしまった。
続く