名もない峠(2)  [第50話]

まさか、あのときが人生最後のお別れのときだったのだ、とは思わなかった。

人は、或る人と別れるときにもう二度と逢えないのだということなどを考えることはない。たとえそれが明確なことであっても、病気や宿命的な別れでない限り、これから40年も50年も生きる間にもう一度逢うということの重大性などわかるわけがないのだ。もう逢えない。少しでもそういう予感があっても、まさか本当に逢えないと、私は思わなかった。

郡山市内の彼女のいる薬局に行き、簡単な別れを告げ、私は青森の方面を目指して旅立った。そして、ひとしきり悲しみを紛らわせたあと、旅を終えるためにもう一度郡山市内の彼女がいる薬局に立ち寄ったのだった。そしてそこで、ほんとうのさようならをして、この街を後にした。

日記は残っていない。自らが書こうとしなかったのだろうと思う。それは、ひとつの別れの風景をとどめておくことに、私なりの罪悪感を抱いたのかもしれない。決して別れを寂しがり、彼女を忘れようなどと洒落た感情を持ったわけではなかったはずだ。

この後二度と手紙も電話も私によこさない人なのだと推測しながらも、自分の勇敢さを称えてあの街を去った。

だが、私には微かながらでも確信があったのだろうと思う。それは、またここに来れば彼女に逢える、遠いけど来ればいい、という想いだ。

月日は五年、十年と過ぎ、私自身が変わってしまった。

そこに逢いたい人が居ることがわかっていても、森を抜け、峠を越えて、街を避けて北に向かえばもうこれで彼女を探さなくて済み、想い煩うことなどなくなるのだという無念な選択をしてしまう。

「オマエ、弱くなったな。それで、ええのか」

ひとりごとを呟いた。
何度も何度も繰り返した。
いつまでたっても、瞼が震えるのが止まらなかった。