山本兼一 利休にたずねよ を手元に

「利休にたずねよ」から 

ひょうげもの也
利休切腹の二十四日前、天正十九年(一九五一) 二月四日夜

(略)

「ただ、あなたには教えて進ぜよう。この香合は古い時代の新羅のもの。私の想い女の形見です」

懐から出した利休の手が、色褪せた袋を握っていた。中から緑釉の香合を取り出すと、利休はそれを畳に置いた。

燭台の光を浴びて、緑釉が銀色にきらめいた。壺の形が、瀟洒で洗練されている。

「 誰が欲しがろうとわたすつもりはありません。手放すくらいなら、いっそ粉々に砕いてしまいたい」

香合をにぎった 利休の手が高く上がった。そのまま釜に 叩きつけんばかりの、けわしい顔つきである。

やがて、目を細めて手を下ろした。膝の上で香合をなでている。

「 なんの。そんなことができるなら、とうにしておったわ」

織部は、 利休が手にしている香合を、 じっと見つめた。二人がいる茶室が、 遠い遠い夜の果てまで、彷徨ってゆきそうだった。

(114P)


この作品を全篇読み終わって
さらに自分の人生というものを振り返ってみると
至る所に見逃せない箇所がある

ここも例外ではなく
熱くなって目を閉じてしまっても
周囲は気付かぬかもしれない

形見か・・
形があって
いつか砕け散ってしまうもの


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