終章 その2  [第59話]

サヨナラと三回ゆうたら夕焼け。

京都でそんな別れをして、その明くる年に郡山でどんな言葉を交わしながら別れたのかも記憶にないようなさり気ない別れを置き去りにして、それが最後の鶴さんとのシーンになったまま、月日は刻々と過ぎてゆく。

私は夕焼けを見上げても、もはや、鶴さんのことをメソメソと思い出したりしなくなっていた。

郡山をあとにしてからその後の十年ほどに東北へは数回の旅をしたものの、時にセンチになって会津若松から東へと越え行く名もない峠に佇み、眼下に広がる小さな街を見下ろしながら、それはもう過去のことなのだと自分に言い聞かせることができたのだ。

鶴さんの名字が、郡山市内(たとえ近隣も含めたとしても)には1、2軒しかない珍しいものだったこともあろう。探せばわかるのに、今、探し出すのはやめようか、と思いとどまってばかりだった。

それは、私が鶴さんを諦めたからではなく、逢えないけれどもここに居るという一種の安心感のようなものだったのかもしれない。

----

ふとしたことで見つかった彼女への手掛かりとは、大学時代のバスケ部のOB会のホームページだった。もしかしたら、そこの事務局に連絡先が登録されているかもしれない、と思うのは当然の思考パターンで、事務局あてにメールを書いた。住所や連絡先を教えてくれるわけもないので、私が書いたメールを転送してもらえないか、という内容だった。そしてメールにはすぐに返事がきた。貴方の仰る人は確かに登録されてるので、そちらのメールに転送することはできます、という内容だった。

よし!、では、鶴さんから手紙がきたら、積もる話をし始めることになるだろう。鶴さんあての手紙にはこんなこともあんなことも書きたい。次々と浮かんでくる想いを胸に、私は返事を待った。

----

前略。

郡山でお別れしてから随分と長い時間が過ぎてしまいました。あっという間に過ぎたというのが実感です。その間も、貴方のことを気にかけていました。お母さまのお体の具合が悪いという話もあのころに聞いたのでしょうか。

あれから20年以上が過ぎますので、多くのことは過去のことや終わってしまった歴史のことなのかもしれませんが、やはり貴方に簡単にあれからのことをお話したいな、と思います。

私は京都で結婚しました。マンションの3Fと1Fというご近所さんでした。その話は今度お目に掛かることでもあればお話するとして、まあ、その彼女が(妻ですが)今でも貴方から届く手紙のことを話します。月に一二度、私のところに届く手紙が気に掛かっていた、私の心に貴方という人が存在することは知っていた、と今でも京都時代を思い出し懐かしみながら話します。

私たちは十年も住まないうちに京都を離れました。私は仕事を変わって大阪に本社のある会社に移りました。この会社には十年あまり居ましたが、この頃に何度も東北を旅しました。1990年代ですね。10年の間に6、7回は行きました。

貴方と巡り会い、貴方と別れて(保留になったままと考えてますが)以来、私はひとり旅が大好きになりました。旅先を変更して、郡山の近くを通過してみたり、霊山に泊まってみたりしてました。

私は貴方をもっともっと強引に連れ去ることができたのでしょうか。今でも、そのことをふっと思います。メールもない時代ですからね。電話を掛けまくるとかすればいいのに、そんなこともせずにいましたね。

ちょっと、仕事に燃えていた頃だったかもしれないな。私の力で大きな発明をして、社会にどーんと飛び出したい、みたいな。貴方ならわかってくれるでしょうね。私の夢物語をいつも聞いてくましたからね。

汚い身なりの貧乏学生の私を嫌がらずに何度も連れて行ってくださったあの銀座のパブ。もう、とっくの昔に無くなっているだろうな。

私には姉はありませんでしたから、そんな姉のような貴方に、いつも寄り添いながら銀座を歩いた。幸せだった。酔って甘えることだけが楽しみだった学生時代の暮らしは、少しずつ私の記憶の中から風化してゆきつつあります。貴方と再び会えることで、私の記憶を大きく巻き戻したいですよ。

----

こんなふうに手紙に書くのだろうか。
電話で話すのだろうか。
そんなソワソワが続いた。

バスケ部の事務局の人は、本当に私のメールを送り届けてくれるのだろうか。
手違いはないだろうか。
いいえ、あれほど快く引き受けてくれたのだから、必ず鶴さんに私の連絡先は届くはずだ。

一方で、メールの返事は来ないかもしれない、という確信のようなものもどこかに在った。
それは悲愴感から来るものではなく、彼女が持っている厳しさのようなものを想像したからだ。
鶴さんは今、幸せとも不幸せともわからない。生きているかさえもわからない。
私はそんな他人の人生に勝手に踏み込むことはできない、というのも一種の掟かもしれない。

もしも、今、会えば、飛びつくとか抱きつくというようなアクションではなく、ぐっと静かに手を添え硬く握り、今の鶴さんを尋ねるのだろう。
おかあさんはどうなさいましたか。お兄さんはいかがですか。

----

事務局さんの返事の素早さとは正反対に、鶴さんからの便りは私には届かない。これにはピリオドがないので、今でも届かないとだけしか記載できない。

転送は正確にされメールは届いたはずだ。そう思うしかないわけで、確認の手段はどうやら尽きたようだ。

その3へ続く。

(ちょっとだけ書こうかなと思ってます。)

続く