終列車ふりむく君のあどけなさ [第20話]

あの時ほど希望に満ちていた時期は、かつて、私の歴史の中に一度もなかった。

受験の失敗、中退、落第などの遍歴を残しながらようやく辿り着いた人生の再出発点を迎えようとしていたのだから。

1982年の冬は暖かかった。電車が雪のために遅れたとか不通になったなどというような記憶はない。年が明けて防衛庁の官舎に先生を訪ねて、原稿を書き上げ電子通信学会に提出したあと、学内と防衛医大での報告会を同時進行させながら、卒業のかかった試験も済ませた(「単位をください」と書いたのでよく覚えいます)。

でも、卒業式の様子さえもほとんど残っていないほど記憶は風化している。(さらに、証拠写真も卒業証書もない。)

実は、鶴さんを書き始めてこの時期の記憶というのがほとんど無いことに気がついた。私の心はこの子を京都に連れてゆくこと、否、連れて行ってそのあとこんなふうに幸せになろうということばかりを考えていたんだろうと思う。

論文を出したころにサントリーパブでお祝いをしてもらったことがありました。銀座で会えば分かれがとても辛らかった。このままアナタのアパートまで行ってしまいたいよ、という気持ちを押し殺して私は銀座線のホームで手を振って分かれたのです。

今の私なら間違いなくこの子のあとをついてアパートまで行くだろう。あのころの私は強かったのかも知れない。

あどけない彼女の横顔が今でもストップモーションのままだ。
何処にいるんだろうか、今…