喫茶・コリン  [第52話]

長い道のりを歩いてきた。
いつも心にあの人の面影を擁きながら、遠くから想い続けた。

夕焼けを見上げてはあのときの出会いが、雨が降れば別れの鎌倉が、私の脳裏をよぎった。そして、ネオンの輝く夜のざわめきに中に身を置けば銀座の夜が甦ってきた。

しかし、三十余年という歳月が過ぎたのだ。ついに、息が切れるときが来たのかも知れない。

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喫茶コリン。

彼女は自分の下宿のことをそう呼んでいた。「コリン」という名前は、アセチルコリンという神経伝達物質から戴いたのだと、いつかの手紙に書いてくれた。

クラブの仲間やクラスの仲間とわいわいと下宿でお茶をする様子を手紙に書いてくれた。

バスケ部だった。手紙には試合のことをあまり書かない子だったが、遠征に行ったときのことを書いたことは何度かあった。万年筆でスラスラとイラストを描き添えてある手紙が多かった。Dr.スランプのアラレちゃんの絵も好んで描いてくれた。イメージが似ていてお気に入りだったのだろう。

高校時代は合唱部だった。安積女子って有名なんだよ、とちょっと自慢をしていた。けど、歌を聞かせてくれたことはなかった。

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ある日、インターネットで彼女を検索してみようかと思いついた。クラブのこと、名字のことなど手掛かりがあるかもと思いサクサクと打ち込むと、クラブのOBOG会のページに行き着いた。

事務局さんにメールを出した。彼女の名前、生年月日、出身地などを書いて、私の身分を添えた。2,3日して事務局さんから返事が来て、彼女の名前が名簿にある、と書かれていた。

跳び上がるように私は喜んだ。すぐに、自分のことを書き添えて、私宛にメールを返信してくれるように伝えた。数日後、彼女にメールを転送します、という回答が事務局さんから届いた。

夢のように話は運んだのだが、そこで終わりだった。

事務局さんが転送すると書いてくれたメールを毎日眺めながら、彼女からの返事を待つ日々が続いたけど、返事は来なかった。

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メールが転送される→彼女がメールを受信する→読む→私に返事を書く。このステップのどの段階で動作が停止してしまったのだろう。

もしも、あの人が私に便りをくれないのであれば、どうしてなのだろう。メールは上手く転送されなかったのだろうか・・・・。

幸せに暮らしていれば、必ず便りをくれる人なのだから、何か予期せぬ不幸でも背負っているのだろうか。

募るものや悪霊のような不安が襲いかかってくる。