このときのあなたは  [第36話]

私の長い長い旅の終わりは、あなたと別れた雨の鎌倉だったのだ。そう、思ったことがありました。
でも、それじゃ諦めきれない。だから、私は再び旅に出ることにしようと誓ったのです。

その旅であなたに運良く巡り会えれば、それほどの幸せは望まないのだろうけど、出会えなくても私はひとり、旅を続けようと誓ったのです。

どんなにみすぼらしく汚い格好をしていても、そして私があなたをひとり占めして放そうとせずにいても、我儘も言いたい放題で力任せに抱きしめていても、あなたは私のことを一度も嫌だとは言わなかったし、離れて欲しいとも言わなかった。もちろん、嫌いだとも言わなかった。

ソアレを出て私たちは何処をどのように彷徨っていたのか、私にはまったく記憶がないのですが、五月の風はすっかり初夏のものでだったことと、京都の路地をあなたの手を引いて歩きながら人ごみにうんざりして、京都駅に戻ってきたときが一番嬉しかったことを覚えています。

せっかく共有した時間を持てることになった一日だったのに、お互いにゆっくりと見つめあえる時間を持たずに過ごして歩き回ってしまったことに、京都駅まで来てみて初めて気がついた自分が、自分で大バカに思えて悔しくて悔しくて、、、女だったらワンワンと泣いてやるぞと思っていた。

特急「雷鳥」が人をいっぱい乗せて金沢のほうへと出発してゆくホームを眺めながら、今度こそ本当のお別れなのだろうと覚悟を決めた。そのときに、私はあの余別のバス停であなたと別れたときのことを思い出していたのでした。

あのときは手を振って「じゃあ」と言って別れた。

1982年五月、京都駅。

このときのあなたは「きっとまた会えるよ」と私に言ったのでした。