はじめての、雨の鎌倉 [第29話]
鎌倉が近づくにつれ周辺の座席には観光らしい人々が目立つようになってくる。でも、そんな人々のことなどは気にかけることもなく、私は彼女に話し続けていたのだろう。そのお話は、きっと、初めて出会ったときのことではなく、私がこれからどのように生きてゆくのかという夢物語だったのでしょうか。
あのときの私は、とにかく、彼女を京都に連れて行ってしまいたいということだけを考えつづけていました。何故なら、私には過去を振り返る必要など、これっぽちもなく、描けるものは二人が歩む未来しかなかったのだから。
列車は、新川崎、横浜、大船、、、、、今となっては微かにしかその名を思い起こせない駅に止まり、まもなく北鎌倉へと到着した。
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私の乗った舟と、あなたの乗った舟が、ある日あるとき、ばったりと出会いました。
あなたの視線が、そう、あのときは優しかったのに、今はどうしてこんなに破滅的に見えるの?
ワイシャツのボタンを掛け違えて戸惑っていた私を、黙って見つめて笑っていた、あのときの瞳が懐かしい。
ひとつひとつボタンを外し、襟をつまんで正してくれて、ふっと大きく息を吸い、ふざけて敬礼のポーズをとってくれました。
泣き笑い。もらい泣き。乱れるように…。
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まだ泣かない、そう決めたのに、約束を果たせなかった。
改札を抜けて、ピンクの傘を開いた彼女が、お姉さんのように笑いかける。
「はじめての、雨の鎌倉よ。私たち」
(続く)