東京に暮らす息子へ⑦
誰が前田五朗の意向を代弁するのか。
長女の最期を経ても、尚妻はその役割が自身にもあることを意識しないでいた。
妻にある思いは、今現在にしかない。過去を踏まえて未来を想像することが、妻にはない。今、家に病の夫が戻ることは彼女にとって厄介な困りごとである。ただそれだけなのだ。
筆者は考える。
これが人々の現実であり、多くの介護者が気持ちや経済的な見通し、目処が不明状態で余裕がないまま意思決定を迫られる。
配偶者の代弁を本人の意向を踏まえて行えるのは、夫婦仲や家族仲が良好であることは想像に難くない。
若い頃、病気の娘のそばを離れてまで夫を探したヨネコの意識は、やはりその日その時の今現在にあったのだろう。
一方、前田五朗のの今現在の心持ちはこうだ。
(俺はいつまでここにいるんだろう、早く家に帰りたい。死ぬなら尚更だ。俺の家に帰りたい。本当に死ぬかわからないけれど俺はここに入ってから死にそうに苦しい目に遭ったんだから、早く家に帰るに限る)
と、こんなところか。
ケアマネジャーは(家に帰りたい)とか(俺の家)(死ぬなら尚更だ)(ここに入ってから死にそうになった)などという本人の声をピックアップして、
「本人は在宅復帰を希望している」などと判断をする。
それをどう実現するかと周囲を見渡し、前田五朗の味方になりそうな人物を探して、そこから「在宅復帰」の道筋を作り上げて行く準備を始めるのだ。
妻ヨネコはケアマネジャーにとって、前田五朗の代弁者となる人物なのか?
次女早苗はどうか?
東京に暮らす長男は?
…つづく…
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