おにぎりプロジェクト第六弾「黒木本店」リポート
僕にとって特別な場所、それが宮崎だ。この地の素晴らしい食材がなければ、尾崎牛を輸出することもなかっただろうし、和牛に目覚めた僕もいなかったはずだ。そんな僕にとっての聖地にこの夏も戻ってきた。成澤シェフとのおにぎりプロジェクト第六弾、いよいよ宮崎編である。黒木本店の黒木信作さんことしんちゃんに連絡して、今回の全てのコーディネートをお願いした。彼とは昨年最も宮崎で食べ歩き飲んだ友人であり、彼の焼酎は世界の友人に届けたい世界最強のスピリッツだ。
おにぎりプロジェクトも今回で一区切りの6回目である。2月から始まったこのプロジェクト、日本と香港で既に5000個以上のおにぎりを届けている。継続するといつも新しい気づきと出会いがある。今回も嬉しいのは初回の富山編で出会ったSAYS FARMの飯田さんが参加してくれたことだ。某ブランドのプロジェクトで黒木本店と一緒に参加されるということでご挨拶をしたいということで飛んできてくれたのだった。そしてちょうど福岡の実家に一時帰宅していた大切な友人でありビジネスパートナーの井崎英典さんもローストしたての豆とコーヒー機材と共にやってきてくれたのだった。そして北九州からはもはや家族のような存在の照寿司の渡邊さん夫婦がチームを連れてやってきてくれた。笑顔が似合う最高の友人たちだ。
30キロの米を炊き上げて、そして具材の調理も現地で行い、全てを握って届ける。こう書くとものすごく簡単に聞こえるが、その準備のプロセスと当日の手の数はたくさん必要であることはこの5回の取り組みの中で色々と勉強してきている。今回も一心鮨チームの皆さんに食材調達を含めてものすごくお世話になった。地元の名店であり、しんちゃんの仲間である「らんぷ亭」「國酒松」、日の出前の早朝にも関わらず集まっていただき感謝だ。一心鮨のオーナーのカズミチさんは、尾鈴山に到着すると「あ、冷蔵車忘れた」とトンボ帰り、再び取りに戻るという最大の試練も。そう温度と湿度が高くなった夏の衛生管理は温度管理を徹底することで始まる。本当に目に見えない皆さんの努力のおかげでこのプロジェクトが成り立っている。
椎名村からは日本一のキャビア生産者である平家キャビア、ヒロちゃんチームがやってきてくれた。こうなると、チーム宮崎の現オールスターラインナップメンバーである。昨年出会ってなんろ二週間後に東京でイベントを開催するというヒロちゃんの行動力にはとにかく感服。そんな彼のキャビアが毎回進化しているのは、プロセスを聞くのも楽しい。中間での開腹テイスティングノートを毎日つけている話、スタッフがチョウザメの捌き方が上手くなってきた話など。僕があったどのキャビア生産者より愛がある話が聞けるのだ。
全員の想いが詰まった二つのシンプルなおにぎり。以前訪れた黒岩土鶏を塩麹で揉んでから炭火焼くローカルスタイル、出来上がった肉にヘベスと青唐辛子で作った特製のサルサベルデを和えていく。柚子胡椒を越える新しい宮崎のコンディメンツだ。これが羽釜で炊いた黒木本店の白米が抜群の相性を生み出す。そしてもう一つのおにぎりは土用の丑である。一心鮨セレクションの鰻を贅沢にも蒲焼にする。ざっくりとぶつ切りにして。いつもより濃い目の味付けで追いダレ、そこにフレッシュな山椒をまぶしていく。握る米は白米ではない、固めに炊いたアルデンテな米に一気に赤酢ベースのすし酢を染み込ませていく。いつもの鮨のシャリよりもおにぎりとしてのバランスを考えて、柔らかいあたりを目指した特別なおにぎり専用シャリだ。もともと鮨の握りという言葉はおにぎりからきている、握り飯なのだ。そういう隠れたメッセージも包みながら、照寿司も渡邊さんが豪快にシャリ切りしていく、尾鈴山の美しい空から降り注ぐノリのシャワー。料理する僕らが作りながら笑顔が溢れてしまうそんな二つのおにぎりだ。
イベントいうのは全てがポップアップで一度とたりと、同じチームではなく新しいチームでのアウェイな取り組みとなる。不思議なのはセッションを重ねるごとに、好みのセットリストが自然出来上がってくるということだ。とにかく気持ち良く仕事しようというみんなの想いが、制作現場の空気を変えていく新たな取り組みを産んでいく。朝の3時から起きている僕らには良質なコーヒーからいただくカフェインが必要で、真新しい完成前のエイジングセラーの奥のカウンターで注がれる井崎コーヒーはまさしく世界一のカフェインブースターとなる。400個以上の全てのおにぎりを握り終わった後に、チーム全体での朝食となる。働き始めから4時間以上が経過して、お腹はぺこぺこである。頬張る最強のおにぎりに安堵感と笑顔が溢れる。特に今回は握りのプロ、一心鮨チームと照寿司チームがメインに握るおにぎりだ。にぎりの完成度がまた違う。食べかけのおにぎりに平家キャビアの新作をこれでもかと乗せてくるヒロちゃんがいる。これが言葉にできないぐらい美味しくもシンプルなおにぎりがラグジュアリーなものとなる。装い夏の短パンなのに、いきなり上半身はタキシードみたいな展開もできてしまうのがおにぎりの魅力だ。
病院までは尾鈴山からは1時間ちょっとのドライブだ。9時には現地を出ないといけない。「さあそろそろ」と思った時に、黒木さんが例の出来ていますよ。と、中庭に案内されたのは僕の大好きな尾鈴山のサウナである。炊いている薪は、熟成樽を使い、ロウリュウにはOSUZUジンを1ドラム落とすジンリュウだ。テントサウナに充満する榊とキンカンの香り。100度を超える温度で、すっかり体温も上昇させて、一気に飛び込むのは仕込み水を贅沢にもプールにしたあの水風呂だ。そういえば、半年経って僕らチームは、すっかり裸の付き合いになっていた。
鳥の鳴き声がそろそろ病院へと教えてくれる。今回は宮崎大学医学部附属病院の皆さんにお届けすることになった。このようなオファーを受け入れていただき感謝である。院長の鮫島さんの言葉が心に残る。「医療従事者のみならず、生産者も、焼酎蔵も、料理人もみんなエッセンシャルワーカーなんです」そう、僕らは全て繋がっている。どのピースもかけてはいけない、そういう互助の世界で成り立っている。このプロジェクトのように。
「あ、記念撮影の時はマスクを外しましょうか?」
この6回目で初めて院長に言われた言葉だった。黒木本店の黒木リーダー筆頭に宮崎の皆さん、本当にありがとうございました。