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「金利ある世界」の生命保険はどうあるべきか?その2

前回こんな記事を書きました。

タイトルはなんとなくつけたのですが、金利が上がってきて業績が回復している生命保険業界について、喉元過ぎればなんとやらで忘れてしまってはいけないことについて書きました。(正直ちょっとタイトルと中身が合っていない気はします。)

前回書き切れなかった「潰れなかった生命保険会社」について書こうと思ったのですが、その前に、日経にこんな記事がありました。

この記事中でサラッと「新規制では現在は簿価ベースで評価している負債を時価ベースで評価する。」というようなことが書いてあります。
まあ新聞だとこれでも間違いとまではいえないのですが、厳密にいうとこれは誤りなのです。というのも現行規制でも、(保険)負債を「簿価ベース」でいいなどということにはなっていないのです。

生命保険会社の負債のほとんどは、将来の保険金支払に備えるための「責任準備金」というものが占めています。これが「簿価ベース」であるというのはどういうことかというと、生保各社が金融庁の定めたルールに則って報告している責任準備金の額をベースにして自己資本規制が行われているということです。これが「保険契約を獲得したときの金利で保険負債を計算すればよい」ということになっており、それが「簿価ベース」ということの意味合いです。

これは普通に考えておかしいです。なぜなら、かつてバブル期に予定利率5%で獲得した契約が、現在でも5%の利回りを出せるわけがないからです。保険負債を評価するのであれば、現在なら1%程度の金利を使わないと正しい負債の額になりません

手元で計算してみたところ、バブルのころ(1990年)に30歳であった人が、保険金額1,000万円、、65歳で保険料払込満了という終身保険に入っていたとすれば、2025年時点で必要な積立金(保険負債、責任準備金)は、予定利率5%なら約409万円です。これが予定利率1%であれば、必要な積立金は、約822万円と、ざっくり2倍です。
生保業界トップの日本生命では、2023年度末の総資産が約84兆円、そのうち責任準備金の額が約61兆円ですから、責任準備金の評価利率を5%から1%に見直して負債の額が突然2倍になったら日本生命といえどもさすがに潰れるでしょう。

とはいえ、さすがにそんなことにはなりません。生保各社が抱えている高予定利率の「逆ざや契約」は契約全体のうちの一部ですから、生保会社の負債総額がいきなり2倍になるという話ではありません。
しかし、本来金利1%のもとでの2倍の積み立てが必要なのに、金融庁がこれまで生保各社に求めていた報告では金利5%で計算する「簿価ベース」でよかったというのは不思議な話です。なぜこれが認められていたのでしょうか?

結論からいうと、現行法でもそんなの認められていません。そういう意味で、冒頭の日経新聞の「新規制では現在は簿価ベースで評価している負債を時価ベースで評価する。」というのは誤りなのです。とはいえ、さすがに日経を批判する気にはなりません。金融庁自身がずっとそう言い続けてきていたからです(欲を言えば日経新聞なら「そんな規制にはなっていないのでは?」という批判的な記事が期待されるところですが)。

保険業法施行規則69条5項には、「責任準備金が足りなくなりそうなら、追加で積み立てよ」という規定があります(下記の「保険料積立金」というのがだいたい責任準備金だと思ってください)。

保険業法施行規則
第69条
5 第一項、第二項及び第四項の規定により積み立てられた責任準備金では、将来の債務の履行に支障を来すおそれがあると認められる場合には、法第四条第二項第四号に掲げる書類を変更することにより、追加して保険料積立金及び払戻積立金を積み立てなければならない

予定利率5%で販売した商品が急激な金利低下で1%程度まで運用利回りが低下したというのは誰がどう考えても「将来の債務の履行に支障を来すおそれ」があるとしか判断しようがないでしょう。
既にルールがあるのにもかかわらず、生命保険会社は追加の責任準備金を積み立てず、金融庁はそれを容認してきたのです。
つまり、ルール上は保険負債の簿価ベースなどそもそも認められておらず、完全な時価ベースではないにせよ、不足する場合は追加で保険負債を積み立てる必要があったのに、それを業界も監督当局も怠っていました。

これを「保険負債はロックインされている」と表現する人もいます。これも明確な誤りです。ロックインというのは米国会計基準の用語ですが、米国のロックインは単に「利率の仮置き」を意味するに過ぎず、環境や前提が変われば仮置きした利率を見直す必要があります。日本ではなぜかこれが「一度決めた利率は見直せない」という意味で使われています。不勉強のそしりを免れないと思います。

だいたい、「金利がどれだけ変動しても責任準備金は見直さなくてよいのだ」というルールになっているわけがないのです。過去の政策立案担当者がそんな意味不明なルールを導入するようなマヌケだと思っているのでしょうか?
当時の担当者は誰がどう考えてもそうするように、「責任準備金が不足したら追加しろ」というルールを置いていました。それを正しく運用しなかったのはのちの監督当局自身であるのに、ルールのせいだと責任転嫁するのは不誠実でしょう。

また少し長くなったので今回はここで切ります。
日経の記事を読んで思うところを書いたために「潰れなかった生保会社」の話まで届きませんでしたが、次回こそ、バブル崩壊以降に加入した保険契約者にいちばん知ってもらいたいことを書こうと思います。

よかったら著書もご覧ください。

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