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給与のデジタル払いはそもそも合法なのか?

給与のデジタル払いについて、paypayに次いで2社目が出てきたそうです。私としては、これが本当に合法なのかやや疑問に思っています。

デジタル給与払い PayPayに続きリクルートも参入:日本経済新聞

資金移動業者はお金を預かると犯罪になる

出資法という法律があります。ときどきニュースでも「出資法違反で逮捕」というニュースが流れてきたりするので、名前を聞いたことがある人も多いでしょう。
出資法は正式名称を、「出資の受入れ、預り金及び金利等の取締りに関する法律」といいます。このタイトルの二番目に出てくる「預り金」というのが今回の話に関わってきます。
この法律の2条で、「業として預り金をすること」が禁止されています。要は、お金を預かることを商売にしてはいけないということです。
当然、「じゃあ銀行も違法なの?」と思われるでしょうが、出資法の例外で、他の法律で預り金を業務にしてもよいとされている場合はしてもよいということになっています。それで、銀行や保険会社や証券会社は必要な範囲で顧客のお金を預かることができます。

なんだか当たり前の話をしているように感じられたかもしれませんが、問題はここからで、実は、デジタル給与払いを提供する資金移動業者には預り金業務を実施することが認められていないのです。
デジタル給与払いとは、給与を資金移動業者(細かく説明するとかなり複雑なので、ざっくり電子マネー業者と思ってください。電子マネーをやってない資金移動業者もいますし(というかそちらが多数)、資金移動業者ではない電子マネー業者もいます)の口座に支払うことです。
給与は労働基準法で現金払いが原則とされており、現状ほとんどのサラリーマンが利用している銀行振込は例外として認められているという形なのです。
使っている人を見たことがないですが、実は、証券会社の口座にも給与を振り込むこともできます。これまでは給与の現金払いの例外は銀行口座と証券口座の2つだけだったのが、電子マネー業者の講座にも振り込めるようになったという話なわけです。
銀行と証券会社は預り金業務もできるので問題がないのですが、預り金業務ができないはずの電子マネー業者がなぜ給与振込を受け入れられるのでしょうか?

電子マネー業者への給与の振込は「お金を預ける目的でない」ことになっている

私はここにずっと違和感があったので、パブリックコメントで聞いてみました。
回答としては「資金決済法等における滞留規制を踏まえ、資金移動業者の口座への資金移動を希望する賃金の範囲及びその金額については、労働者の利用実績や利用見込みを踏まえ、為替取引に用いられる範囲内に設定する必要があることを、使用者は労働者に対して説明した上で、同意を得る必要があります。」ということで、要は利用者から「給与の電子マネー振り込みは使うぶんだけにして、『滞留』させない」ことの同意をとれ、ということでした。

https://public-comment.e-gov.go.jp/pcm/download?seqNo=0000244408

おそらく、給与の電子マネー振込を利用しようとするとなんらかのチェックボックスがあり、それにチェックするとこの同意がとれたことになるのでしょう。しかし、ほとんどの人は「預り金の禁止」だとか「為替取引に用いられる範囲内にしろ」といわれてもなんのことかわからないと思われます。かといって「給与を貯めておくな」といわれても「そんなの無理だろ・・・」というリアクションが返ってきそうです。定期的にそれなりの金額が振り込まれるのに、その口座が貯蓄口座としての性質を備えていないというのはいくらなんでも無理があると思います。

デジタル給与払いを導入しようと推進していたのは厚生労働省なのですが、おそらく、担当者はこの「預り金の禁止」のことを知らなかったのではないかと思います。とはいえ、それも無理もないことで、別にこのデジタル給与払いの話がでる前から、素人目には電子マネー業者はお金を預かっているようにしか見えなかったでしょう。
金融庁は一貫して「金額の多寡にかかわらず、資金移動業者が為替取引と無関係に利用者から資金を受け入れた場合には、出資法の預り金規制に抵触するおそれがある」という説明をしています。

https://www.fsa.go.jp/news/r2/sonota/20210319-2/01.pdf

電子マネーに関しては、事実上、口座残高が100万円未満なら預り金規制に抵触しないという業界の共通認識があるのですが、それを明示してくれといわれても金融庁は拒否してこういう回答をしているということです。
まあそれ自体は仕方がないことで、仮に具体的なラインを明示してしまったらそれ以下で好き放題やる業者が出てきたあげく、消費者被害がでて裁判になり「預り金に決まってるだろ」という判決がでてしまったら目も当てられません。

しかし、こうした司法リスクは現状も潜在的にはあるといえます。仮に給与のデジタル払いでなんらかの消費者被害、労働者被害がでたとして、被害者が「そもそも出資法違反であり、それを放置していた金融庁(と厚生労働省)にも責任がある」と損害賠償を求めてくる可能性はゼロではないでしょう。

同床異夢で進んでいく日本の行政

個人的には給与のデジタル払いは別にやってもいいと思っています。私自身は後払い型のクイックペイがメインのキャッシュレス決済手段なのでメリットを全く感じないし、むしろ資金管理が複雑になるデメリットが大きいので使う気はないですが、まあメリットを感じて使いたいと思う人も多少はいるでしょう。
しかし、それなりに世間の注目を集め、行政のリソースを割いて導入された制度がこんなぼんやりした解釈の元で成立しているというのはなんだかなあという気はします。

電子マネー業者(資金移動業者)に「チャージ」するという行為が「近い将来利用される分だけチャージされている」というあまり実感にそぐわない解釈であったのが、チャージ上限が数万円のときはまあいいかで済んでいても、事実上の上限が100万円になり、給与受取にも使われるようになってしまった以上、もう少ししっかりした制度にする必要があるのだと思います。

とはいえ、こういう決着にした気持ちはよくわかり、資金移動業者に貯蓄機能を持たせようとするならば、これまでの銀行規制と同様の仕組み、特に健全性規制を入れざるを得ません。
資金移動業者のためにそんな法令の大改正をする余力も監督する余力もなければ、資金移動業者側も銀行並みの規制なんかまっぴら御免でしょうし、「電子マネー口座のお金は貯蓄じゃないよ」という解釈で関係者みんななんとなく丸くおさまっているということでしょう。
なお、電子マネーの口座のお金に利息をつけるとさすがにその言い逃れができなくなるのでアウトです。

この問題が表面化するのは不祥事が起こったときでしょうから、そのようなことが起きないとよいなと思っています。
給与デジタル払いを利用される方は、利用開始時に同意したとおり、電子マネー口座を貯蓄目的に使わないようによろしくお願いします。

良かったら著書もごらんください。


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