【金融地獄を生き抜け 余話:生命保険について(1)】 正しい生命保険とはなにか?
著書「金融地獄を生き抜け 世界一簡単なお金リテラシーこれだけ」で書ききれなかった生命保険についての話をそぞろに書いていきます。
生命保険の「正しさ」
――――正しい生命保険とはなにか?
みなさんは考えたことがあるでしょうか?
おそらく、そんなことを考えたこともないし考えようとも思わない、そんなことを考えていられるほどヒマじゃないんだ、と思われたのではないでしょうか。
本題に入る前に、簡単に私の自己紹介をしておくと、京都大学で数学を専攻し、大学院では生命保険を研究して最終的には博士号を取得し、金融庁や外資コンサル等で働いたのち、現在はマネックスグループ子会社の「マネックスライフセトルメント」という生命保険買取サービスを提供する会社の代表取締役を務めつつ、保険・金融コンサルタントとしても活動している者です。サラリーマンのようでもあり、フリーランスのようでもあり、自分でも自分の職種をなんといっていいかよくわからない「新しい働き方」をしています。戦国時代に大大名に従属していた地方豪族はきっとこんな感じだったのだろうなと思っています。
このたび、保険・金融コンサルタントとしての立場でとある保険商品の開発に関わっています(記事公開時点でまだリリースされていません)。その開発の過程で整理した「正しい生命保険の要件」をせっかくですので公開してみなさんと共有できればと思い、この記事を書くこととしました。
2023年の夏頃、クライアントから私に投げかけられたのは、「これから我々はどういうビジョンを持って生命保険商品を開発していくべきなのか」という問いでした。
それは、私がこの20年間ずっと考え続けていた問いでもあったので、「これがビジネスとして成立するかどうかはわかりませんが」と前置きしつつ、生命保険商品のアイディアの説明をしました。
その内容は、少なくとも私自身にとっては新しいものでもなんでもなく、さらにいえばバブル崩壊前までの生命保険業界では誰でも知っている常識的なものに過ぎません。ただ、私が「バブル崩壊後におかしくなってしまった」と感じている生命保険業界を是正しようと思い、この20年の間、行政や、保険業界や、学術界や、投資家や、マスメディアなどに対して何度も何度も話してきたのですが、ごく一部の方を除き、「理屈はわからないでもないが、机上の理想論に過ぎない」とほとんど相手にされなかったものでもあったので、正直なところ、クライアントからは今回も同じような反応が返ってくるだろうなと思っていました。
しかし、そこで返ってきた反応は予想外のものでした。曰く、「ウチはモノを売るのは得意な会社だから、売る価値のある純粋に質の高い生命保険商品を作ってください」とのこと。ならば、トコトンまで私が半生をかけて考えてきた生命保険としての「正しさ」を追及しようと思い、商品開発に臨むことになりました。
保険を正しく理解できる人はほとんどいない
さて、生命保険は(損害保険もですが)極めて複雑で難解な金融商品です。多くの人がなんらかの保険に加入しているので実感がないかもしれませんが、こんなに難しい金融商品はなかなかありません。株式やFXや仮想通貨などは、保険に比べればシンプルなものです。保険商品・保険契約を正しく理解できる人は、1000人に1人もいないでしょう。
保険会社から手渡される、時に百ページ以上にもなる分厚い書類を読むこと自体が困難ですし、がんばって読んだところであれを正確に理解できる人がそういるとも思えません。みなさんは「契約のしおり」ちゃんと読んでいますか?私は読んでいません。
金融庁で議論するたび契約者に手渡される書類が増えていきますが、保険会社サイドが「こんなの意味ないだろ」とグチをいうのは当然としても、消費者保護サイドの有識者からですら「こんなに書類だけ増やしても誰も読めないだろうし、意味がないのでは?」と苦言を呈される始末です。役人的には書類を増やすと仕事をしたことになるので、アリバイとしてちょうどいいのでしょうが、実効性があるかといわれるとほぼないでしょう。
誰も書類をよんでいないし、読んでも理解できないのだとすれば、保険に「正しくない」要素が紛れ込んでいても、ほとんどの消費者はそれに気づくことができないということになります。
それなのに、保険には、多くの人が結婚や出産、あるいは住宅の購入・賃貸や自動車の運転時など、人生のあるタイミングで保険に加入する必要に迫られるという「必需品」としての性質を備えていることが保険をさらに難しくしています。要は「理解できないモノには手を出さない」という自衛手段が取りづらいのです。
また、「保険」という仕組みが生まれたときから、保険は古今東西を問わず、繰り返し詐欺に悪用されてきました。日本では、国会議員も逮捕された「オレンジ共済組合事件」が有名でしょう。そのため、保険事業を実施する際には厳しい要件の下、免許が必要とされる国が大半です。しかし、法令・制度の常として、あらゆる「弊害」を過不足なく取り締まることは不可能で、どうしても網の目から漏れてしまうものが出てきてしまいます。
消費者側での自衛が困難である以上、網の目から漏れてしまう「弊害」から保険契約者を守るためには、最終的には保険会社のいわば「良心」にすがるしかないということになってしまっているのです。
不祥事が繰り返される保険業界
ビッグモーター事件はみなさんの記憶に新しいと思いますが、残念ながら、「客にバレなきゃなにやってもいいんだ!」という保険会社や保険代理店をゼロにすることはできません。保険会社にしても、たいていのことは契約者にはバレないわけですから、あの手この手で保険契約者からお金を吸い上げよう、お金を払わないようにしようとするのは、利益追求が至上命題である株式会社である以上、ある意味では自然なことといえます。
それが最悪な形で露見したのが、2005年に発覚した明治安田生命の「保険金不払い問題」です(なお、明治安田生命は株式会社ではなく、タテマエは非営利のはずの、相互会社という形態です)。やや古い事件ですが、ニュースでも連日大きく報じられたので覚えている人は多いのではないかと思います。その後、「保険金の支払漏れ問題」という形で業界全体に波及していくのですが、明治安田生命の事件は、会社が意図的に保険金を支払わないように画策していたという点で、他の生命保険会社の「ずさんな支払態勢」という事例とは悪質さのレベルが大きく違います。なので、明治安田生命に下された処分が2回にわたる「業務停止命令」であり、社長が引責辞任したのに対し、他の生命保険会社は「業務改善命令」というやや軽い処分で済んでいます。
このように、保険会社と保険契約者の間には大きな情報格差があり、ダマそうと思えば簡単にダマせてしまうというのが実態です。保険会社が「良心」を失ってしまえば、ただの脱法詐欺集団に成り下がってしまいます。「脱法詐欺集団」とはいいすぎではないかといわれるかもしれませんが、ビッグモーター事件において、損保ジャパンをはじめとする損害保険会社は、ビッグモーターの保険金詐欺を見て見ぬ振りをするどころか、むしろビッグモーターが保険金詐欺をしやすいように便宜を図っていたことも指摘されています。損保ジャパンでは、ビッグモーター社の修理工場の質が低いことを知っていながら、妥当な修理が行われているかを調査しない「完全査定レス」という優遇をしていたことが明らかになっています。これは脱法どころか保険金の不正請求という違法行為をサポートする行為であったわけですが、損保ジャパンでは歯止めがきかず手を染めてしまっています。違法行為に対してすらこのようなことが起きるのですから、脱法的にやれるのであれば当然やるだろうと思うのが自然でしょう。
【参考】ビッグモーター事件についてはこちらの書籍に詳しいです。
なぜ「正しい保険」の追求が必要か
みなさんは「保険屋なんてそんなもんだよ」と諦めているかもしれません。金融庁ですら、業界の既得権益と消費者保護を足して二で割るような妥協と弥縫策を繰り返してきており、実態としては諦めているといってよいでしょう。誰が考えても不当な乗り換え営業、回転売買を誘発するとわかる「イニシャル販売手数料」の禁止すらできていません。これは純粋に保険業界の都合に配慮しているからで、そこに「契約者本位」の視点はありません。
注:保険商品の販売手数料は、新しい契約を獲得したときのイニシャル手数料の割合が高いため、代理店には、本当に顧客にとって必要かどうかに関わらず、既存の契約を解約させて、新しい契約に乗り換えさせようとする「回転売買」のインセンティブが働いている。
私も役人時代は内部でこういうことを言ってはきましたが「理屈はわかるけど、そんなの実現できるわけがない」というようなリアクションがほとんどでした。「マスコミで騒がれない限り役所は動こうとしない」というのは、残念ながら事実でしょう(私の知る限りひとつだけ例外があり、それがかんぽ不正なのですが、これもいつか記事にするかもしれません)。
ビッグモーター事件にしても、ゴルフボールで車を破壊していたとか、街路樹を枯らしていたとかのワイドショー受けするキャッチーな悪事がなければここまで本腰では取り組まれず、なあなあで終わっていたかもしれません。
しかし、保険は、ほとんどの国民がなんらかの形で加入している商品です。いくら投資ブームが来たといっても、NISA口座は2,500万口座程度(2024年3月末時点)に過ぎませんし、直接的に関係する人の数では保険商品の方がはるかに多いでしょう。諦めずに「正しい保険とはなにか?」を考え、実現していくことは、みなさんの生活をよりよくしていくことに直結します。しばらくの間、正しい保険の要件を解説してみたいと思いますので、お付き合いいただけますと幸いです。
もしよろしければ著書もご覧ください。