猫に引かれて建築参り~港区立郷土歴史館〜
刺激がほしい、と言えば、
浮気する彼女みたいなこと…、と不名誉な言葉をかけられました。
美術館の味わい方
刺激への欲求が湧き上がることは、私にとって稀でした。
誘われたら、だいたいのイベントに行きます。
でも、自分からはなかなか人を誘いません。
一人の時間をどう過ごすかといったら、小さな画面でドラマをみたり、
もはや習慣の延長として読書をしたり、
気が済むまで水回りを掃除をしたり。
こう並べると典型的インドアです。
私の趣味ってなんだったかしらと考えた挙句、
就職活動では趣味欄に「美術館巡り」と書いていたことを思い出しました。
面接では、高尚な趣味ですねーと薄ら笑いで言われました。
実際には面接に行きたくなくなった時に、美術館に逃げ込んでいただけの話です。
そういうときは、基本的に展示は見ません。鑑賞したいときはまた別に来ます。
美術館(ここでは博物館も含み"museum"の意とします)は著名な建築家による設計がほとんどです。
そのため、美術館に訪れるだけで最上の芸術的空間が味わえることを知ってきました。
大それたことではなく(多くの場合入場だけなら)無料で、静かで、開放感のある、芸術に接点を持った空間が提供されます。
その場にいるだけで、たとえ一文なしでも、それこそ自分が高尚な人間であるかのように錯覚できます。
学生時代はよく平日にロビーで資料を読んだり、
ふらふらと館内を散策してみたり、
ライブラリーで一日を過ごしたり。
贅沢に空間を堪能していました。
港区立郷土歴史館の内田ゴシック
何となしに、その頃を思い出しつつ。
知的好奇心という名の刺激(物はいいよう)を求めて、
今回は港区立郷土歴史館に行ってきました。
正式名称は港区立郷土歴史館等複合施設「ゆかしの杜」です。
この歴史館は、1938年に竣工した内田祥三先生設計の旧国立公衆衛生院を改修しています。リノベーション後の開館は2018年と比較的最近。
大きく両翼を広げた、重厚感がある建物です。
外観のスクラッチタイルが「内田ゴシック」と呼ばれる特徴の一つです。
建物は地下1階地上6階建て、2階から3階にかけて吹抜け構造となっています。
内部を見回すと、独特なにおいが鼻を刺しそうなほどに、ペンキが塗りたくられています。
一方で、構造は時代を超えて残されている箇所が多くあります。
例えば、階段の欄干にはガラス板が貼られていました。(保護の一環かと思われます。)
つまり、欄干の装飾は当時のものでしょう。
意識して建物を見回すと、所々に「残されたもの」が表れてきます。
外灯や照明も、機能を阻害しない程度の上品な装飾。昨今ではあまり見かけないデザインです。
西洋固有の様式に地域柄を添えた内田ゴシック。
合理的な建築手法とされていますが、こだわりが多く芸術性の高さを感じました。
ところで、子こ(ネコ)
常設展ならびに特別展の「Life with 猫」も鑑賞しました。
特別展はエンタメ全振りかと思いきや、
オオヤマネコの化石から始まり、肉球の跡がついた須恵器、三代化猫騒動の絵巻物、歌川国芳の描く猫、猫皮の三味線など…。
大変見応えがありました。
個人的に興味深かったのは、名浮世絵師達の猫シリーズ。
ぜひ実物を見てほしいです。
他にも、絶対に幼児向けであろうクイズイベントにも参加。
景品のポストカードまで頂戴し、たっぷりたのしく半日を過ごしました。
建築「再利用」の視点
このように人目に触れる展示の印象が強いですが、ミュージアムの主な役割はアーカイブにあります。
修復して、保存する。
港区立郷土歴史館の最も興味深い点は、
保存・修復事業の拠点がリノベーションによる建物であることです。
この建物は耐震改修優秀建築表彰(国土交通大臣賞 耐震改修優秀建築賞)や日本建築学会賞(業績)を受賞しており、大規模な歴史的建造物の保存と再利用の実現が評価されています。
私が建築の再利用について考えるようになったのは、東京大学の加藤耕一先生の講義がきっかけでした。
加藤先生は「線の建築史」という考え方をもとに、建築時間論を提唱しています。
線の建築史とは、時代を跨いで一つの建築物を検討することで建物の再利用(リノベーション)の軌跡を見て取る歴史観です。
時代ごとに建築物を検討する点の建築史からの転換です。
歴史ある建物は保存すべきと、固執した考えを持っていた私には新鮮に感じられ、著書も大変興味深く拝読しました。
伝統を墨守するような保存でも、スクラップ・アンド・ビルドによる再開発でもなく、
この歴史館のように創造的なリノベーションを前に進める建築を日本に増やしたいです。
美術館の展示も同じですよね。
身近なネコを学術の視点から再検討するような、承前啓後な展示が増えてほしいです。
そんな思いが湧くほどに、刺激的な建築とネコでした。
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