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日本料理の食卓作法2-B~どんなものが出るのかな?~

2006年7月19日 (水)

3.お椀① 
  別名:お吸い物・椀盛りなど…

「牡丹鱧 梅肉 じゅんさい」
「菱胡麻豆腐 ピースすり流し 菜花 口辛子」
「利休白玉南京 花冬瓜 牡丹玉子 蓮芋 口柚子」
「百合根餅 みぞれ仕立て 花弁人参大根 口胡椒」

お客様からは、時々「酒席が始まったばかりなのに、もうお吸い物?」と言われることがあります。

たしかに、家庭での食事では、吸い物が酒の肴になることはそうそうありませんね―。

しかし、酒席用の料理である会席料理では、「お椀」も立派な「酒菜」として作られます。

お椀が三番目に来るのは、先附や前菜の味、それとともに飲んだ酒の味をいったん洗い流し、次からの酒や料理をまた新鮮に感じさせる役目があるからですが、それとともに、もう二つ、大事なことがあるのです。

それは、一つには
「お客様に料理人の技量をお見せすること」であり、
もう一つは
「季節感をすべて椀の中に表現すること」なのですが……。

先日、「メインの料理って…?」という記事で、日本料理では「椀・刺し」が大事―、というお話をさせていただきました。

よい水と材料を使ってひく「だし」は、ごまかしがきかない分、料理人の腕と味への鋭い感覚の有無が如実に出ますし、季節感を表すための盛り付けは、センスを問われます。

料理人の技量とすぐれた感覚をお客様にアピールし、その後の料理への期待を高めるとともに、安心感を持っていただく、それがお椀に託された使命というわけですね。

大げさだと思われますか?しかし、日本料理はこういう感覚と約束事を大切にし、お客様との信頼関係を大切にしてきた文化なのです―。

もっとも、三番目にお出しするのは、お客様が完全に酔ってしまう前に、きちんと味をみていただくという意味があるのだと、私は勝手に思ってますが…。

どんなに美味しくても、微妙な味わいは、酔っ払っててはわからないですもんねぇ…。

昔は「座付き吸い物」といって、お客様が席へ着かれるとすぐに「吸い物」をお運びしたそうです。

「今日の料理人は、これこれの腕前でございます」というのをお客様にお知らせをして、ご納得いただいてから、あらためて酒宴に入る、というわけです。

まあ、「お椀」=「料理人」といってもいい、それくらい大切なものだということなんです。

ところで、今まで「お椀」について、「吸い物」という言い方はしても「汁」という言い方をしてはきませんでした。
これには、次のような理由があります―。

日本料理の約束事では、「汁」とつくものは「ご飯の相手」として作られたということを表します。

たとえば、「味噌汁」「かき玉汁」「冷や汁」「けんちん汁」、みんな「汁」が付きますね―。

これらはすべて「ご飯」とセットで出される、ということを前提に作られていますから、本来はこの汁と香の物(漬物)で、じゅうぶんご飯が食べられる味付けになっています。

では、「お椀」の場合はどうでしょうか―。

「甘鯛と亀甲里芋 白味噌仕立て 小豆 口辛子」などのように、「○○仕立て」と書き、味噌を使っていてもけして「汁」とは書きません。

もちろん、具(お椀では「椀だね」といいます)も、里芋の味噌汁のようにごろごろと入っているわけではありませんし、味付けもご飯のお供よりも繊細で、一椀で味のバランスが完成するように作られているのです―。

3.お椀② お椀の要素

「満月豆腐 蛤吉野打ち 順才 小メロン 口柚子」
「ふかひれ 帆立新丈 さや 新銀杏 吉野打ち海老
 椎茸 赤ピーマン 口柚子」
「菊花大根 海老 百合根 もって菊 梅肉」
「胡麻豆腐 松茸 銀杏 小柱 人参 栗 口柚子」

 料理人の腕の見せどころであり、最も季節感を表す料理の一品である「お椀」は、五つの要素で出来ています。

たとえば、ある年の皐月(五月)のお椀が、以下のようなものだったとしましょう―。

  「牡丹鱧 揚げ茄子 順才 梅肉 澄まし仕立て」

これを、五つの要素に当てはめると、次のようになります。

1:椀種(わんだね)→お椀の主役
  「牡丹鱧(ぼたんはも)」
 
2:椀妻(わんづま)→お椀の脇役
  「揚げ茄子(あげなす)」

3:青味(あおみ) →季節のあしらい
  「順才(じゅんさい)」

4:吸い地(すいじ)→出汁を調味したつゆ
  「澄まし仕立て」

5:吸い口(すいくち)→季節をあらわすアクセント
  「梅肉」

そして、この五つの要素をバランスよくまとめて、お椀の中が一つの景色となるようにするには、料理人の技量が問われるわけですね―。

たとえば食材の組合せにしても、初夏の魚である「鱧」に、青味として春に使われる「こごみ」を合わせたりはしませんし、秋を表す「萩新丈と焼松茸」の椀種に、吸い地として春に使われる「ピースのすり流し」を張ることも無いのです。

また、約束ごととして「鱧」には「梅肉」、「すっぽん」には「露生姜」などという組合せも知っていないと困ります。

作り手にとってお椀が難しい、と言われるのは、その辺りもあるのでしょう。

1:「椀種」
お椀の主役ですから、季節ごとのはしりや旬の材料が多く、白身魚、豆腐類、すり身、鶏や鶉(うずら)などが使われます。

盛り付け前にはそれぞれがきちんと調理され、味をつけられていますから、吸い地の中で煮込むようなことは無く、また、吸い地が濁るようなものを使うこともありません―。

2:「椀妻」
主役を引き立てるための脇役ですが、椀種と同じように盛り付け前に調理されています。

そしてやはり吸い地を濁らせるものを避けますので、野菜、きのこ、海藻類などが多く使われます。

3:「青味」
椀種と椀妻を盛り込んだ上や手前に、あしらいとして盛り付けられていることが多いものです。

字の通り、青いものだと「軸菜」「つる菜」「芽かぶ」
「蓮芋」「星おくら」「結び三つ葉」などなど…。

他にも「花弁人参大根」や、「三色野菜吹流し」などの場合もあります。

4:「吸い地」
吸い地は、料理人が毎日ひく、「出汁(だし)」をもとに作ります。

ほとんどは、上質の鰹節と昆布でひいた出汁を調味した「澄まし」をはりますが、季節によっては、グリンピースの裏ごしを出汁ですりのばした「すり流し」や、出汁に大根や蕪をすりおろしたものを混ぜ、薄くとろみをつけた「みぞれ仕立て」などにすることもあります。

この「吸い地」、一口飲んで「ん?薄いな…」と思う方が多いかもしれません。

しかし、一口めでちょうど良い味加減で作ってしまうと、二口三口と飲んでいくうちに、「あれ?ちょっと濃いかな?」となってくるのですね。

そのため、一椀飲みきったときに「ちょうどいい」と思う味付けになっています。

また、味を感じるときの「返り味」というものを考えて作られていますが、これについてはまた後でお話しましょう―。

「出汁」は、毎日同じ味でひけるようになるまでには30年かかる、と言われています。

元が生き物である昆布や鰹節は毎回同じものではありませんから、毎日同じ作業で出汁をひいても、おのずと味が違って当然ですよね―。

それを、いつでも同じ味でひけるようになるというのは、実は凄いことです。

ウチでも、煮方の料理人が毎朝ひいていますが、休みの日に他の料理人が代わると、調理場からの出汁の香りが違います。

基本的に、すべての料理に何らかの形で使われるものですから一番の要ですし、それだけに大変な仕事ですね。

この出汁を調味した「吸い地」は、今でも毎日お椀にはる前に、必ず板長に「あたりをみて」もらうのです。

5:「吸い口」
お椀のふたを開けた時、ふわっと立ち昇る出汁のいい香りとともに、柚子や木の芽の香りがアクセントになっていたことはありませんか?

盛り付けの一番上に、小さい何かが飾りのようにちょん!とあると思いますが、それが「吸い口」です。

「吸い口」という言葉は、椀のふちへ箸でよせて、それを通して吸い地を飲むことから使われているものですから、まずは一口出汁を味わい、その後で吸い口を通してもう一口飲んでみてください。

また違った美味しさが味わえることでしょう―。

吸い口は、別名を「鴨頭(こうと)」とも言います。

これは、吸い口によく使う「柚子」を丸く切った形が、鴨の頭の天辺のようだから、というので名づけられたようですが、当て字で「香頭」と書いたりもするようです。

何度も言いますが、お椀は季節感を表す料理ですから、実はこの吸い口が大きな意味を持っていたりするんですね―。

柚子はよく使われるものですが、これも季節をあらわす大切なアイテムですから、時季によってさまざまに使い分けられます。

たとえば、まだ実が若い青柚子の時季は、苦味がありますので少しだけ削いで使う「削ぎ柚子」や、細く切って使う「一文字」や「松葉柚子」とします。

また、花の時季は「花柚子」を使ったりしますし、熟してくると大きく切って使ったりしますから、蓋を取って吸い口を見ただけでも、季節がわかるようにしてあるんですね―。

他にも、季節のものとして「木の芽」「紫蘇」「茗荷」「青山椒」などがよく使われていますが、これらは「香気」を楽しむものと言えるでしょう。

この他には、吸い地の味そのものに影響のある「吸い口」があり、それは例えば「溶き辛子」「胡椒」「粉山椒」「露生姜」「山葵」などがこれに当たります―。


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