Podcastの裏側〜Big Gay Rainbow Speechのこと〜
「同性婚を認めると、なにか実害があるの?」
そんな単純な問いかけで、世界中の注目を集めた人がいる。ニュージーランドのモーリス・ウィリアムソン議員(当時)だ。2013年にニュージーランド議会で行われたその演説は、ユーモラスで単純明快で、それでいて核心を突いていて、おそらくは長く世に伝えられるだろう名演説だった。
恥ずかしながら僕がその演説を知ったのはそれから8年も経った2021年になってからで、日本では同性婚を認めないどころかLGBTの差別を禁止する法案すら議会に提出されないということが話題になり、Twitter上でこの演説が何度目かの注目を集めたときのことだった。
「なにがそんなに心配なんですか?ゲイの軍隊が高速道路をやってくる?街がゲイに封鎖されてしまう?
わたしが地獄の業火で永遠に焼かれるという人がいますが、物理の法則にしたがって計算すると、わたしのからだは2.1秒で消えてなくなります。
同性婚を認めても、明日も太陽は昇るし、十代の娘は反抗してきます。住宅ローンが増えることもなければ、ベッドにヒキガエルが湧いたりもしません。
この法案は関係する人には素晴らしいものになりますが、そうでない人にはなにもかわりません。
聖書の言葉を引用して終わります。『汝、怖れることなかれ』」
僕以外にもきっとまだ知らない人がいる。だからどうにかしてこの演説を番組で取り上げたいと思った。
とはいえ、「こんな演説がありまして…」「今日はその内容をお伝えして…」というだけでは『そんない雑貨店』らしくない。いちばんいい方法は?と考えたときに思い付いたのは、やっぱりご本人にお話しいただくということだった。
とはいえ、あちらは元とはいえニュージーランドの国会議員、ましてや「税関大臣」「建設大臣」「統計大臣」という要職を歴任している方。そうそう簡単に番組に出ていただけるはずもないだろうと思いながら、拙い英語でメッセージを送ってみた。
するとあっという間に返事が来て、「じゃあ今度の日曜日にSkypeでお話ししましょう」ということになり、「約束のお時間はNZタイムですよね?」と確認して、心の準備も整わないうちにインタビュースタートとなった。
こちらが浅学非才なぶん、せめて礼は尽くそうとニュージーランド議会の議事録を読みあさり、朝からスーツでカメラをオンしてみると、ウィリアムソン氏は画面の向こうからトレーナー姿で「Good morning!」
やがて、僕の英語が不自由なことを見てとってくれたのか、ほぼ2時間にわたって一方的にお話しいただいた。
同性婚についてお母さまとお話ししたこと、3人の養子の中には日系人の息子さんもいること、ぜひとも日本にいって日本の国会議員と話がしたいことなど、新しい演説といってもいいくらいの内容になった。
ではこれをそのまま番組で流して、というわけにはもちろんいかない。日本語に訳したほうがたくさんの人に伝わるだろうし、なにより僕がちゃんと聞き取れてる自信がない。
そのためにインタビューは録音してあるけど、何度聞いてもよくわからない部分がある。文字起こしもして繰り返し読んでみたけど、やっぱり不安な点が残る。
そんなとき、思わぬところから救世主が現れた。ポリゴン・ピクチュアズの塩田周三社長だ。Twitterでさらりと「手伝おうか?」と。
そもそも塩田社長は幼少期をアメリカで過ごされたこともあり、英語はネイティブ。TEDの講演会も英語でなさってる。
なんですか、その格好良さは。ふらりと立ち寄ったバーに立てかけてあったギターで一曲弾いて、何事もなかったように帰っていく感じですか。
もしくは機内の「お客さまの中にお医者さまはいらっしゃいませんか?」に「わたしが…」と立ち上がるやつですか。
現存する中で世界一長い歴史を誇るデジタルアニメーションスタジオの社長にそんなことをさせるのは気が引けるので、「できる限りがんばってみます」とはお答えしたものの、やっぱり僕ひとりの力では正しく訳せている自信がなく、よりよいものができるチャンスをみすみす逃すのはさらに気がとがめるので、「よろしくお願いします」と音声ファイルと日本語原稿をおあずけすることになった。
するとあっという間に添削に入ってくれて、いくつも直しの加わった原稿が返ってきた。「ああ、なるほどこういう意味か」「ここはこんなこといってたのか」と恥ずかしくて顔から火が出るほどたくさん間違いがあったけれど、その火で番組が精錬されるならむしろ幸い。
一方、「そんなに直すとこなかったよ」なんてことまでいってくれる塩田社長、あなたは白馬の王子様ですか。白馬とタイツは自前ですか。たしかにライブのときにはそれに近い格好されてますけれども。
そういうわけで塩田周三社長監修のもと、翻訳は無事終了し、アフレコと編集を経て、番組が配信になりました。
塩田社長の監修なので翻訳にはなんの心配もしていないのだけど、唯一おそれているのはこれが社長秘書のHさんの耳に入って、「うちの社長になにさせてんですか?」と怒られることくらい。そのときにはタイツ姿の社長と馬の着ぐるみを着た僕が2人並んでHさんの前で正座です。社長、よろしくお願いします。