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コネクテッド・インク2024レポート #2創造的混沌を体験する場としての、教育現場(その1)埼玉県立大宮光陵高校
コネクテッド・インクは、ワコムが毎回、異なる「問い」を立てて、アート、人間表現、学び、そして、それらを支えるテクノロジーの新しい方向性を模索し、様々なコミュニティと共有するアニュアルイベントです。
商業ベースやプロユースといった価値観から離れたところにある「学校」や「教育現場」といったコミュニティは、コネクテッド・インクを象徴する創造的混沌(クリエイティブ・カオス)の原初的な体験の場と位置付けることができます。この記事では、そのうちのひとつ、埼玉県立大宮光陵高等学校の取り組みについてご紹介します。
ペンタブアート・チャレンジ
2023年、2024年と2年連続で「ペンタブアート・チャレンジ」と冠してコネクテッド・インクに参加した埼玉県立大宮光陵高等学校。美術科・音楽科・書道科の3つの芸術系専門科があります。
本校と同じ埼玉県内に本社があるというご縁で、ワコムさんをご紹介いただいたのがきっかけでした。オリジナルな1点ものが重視されるアナログ芸術と、ペンタブレットを使ったアート制作。最初はどうなるか全く想像がつきませんでした。わたし自身も日本画を描きますが、手を動かすことや、描画性は確かに両者どこか共通しているところがありそうだなとも感じました。ただし、それが何かは分からない。ある意味で、生徒たちがそれを読み解き、きっと答えを見つけてくれるだろう、という実験的な意味合いで始めました。
ペンタブアート・チャレンジの指導を担当した美術科学科長の松下俊先生は、この取り組みの始まりをこう振り返ります。2024年に「チャレンジ」したのは美術科の生徒2名と書道科の生徒2名の計4名。その成果は「光陵生日常戯画」という作品として、コネクテッド・インク2024東京の会場に出展されました。コネクテッド・インク2024のテーマである「日常」を作品に反映し、高校生のありのままを「鳥獣戯画」の墨線を参考にしながら、当世風戯画としてワコムのペンタブレットで数多く描く。さらに、それらを日常の象徴である「洗濯物」に見立てて展示しました。
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創造的混沌の原体験
コネクテッド・インク当日、会場内のミニステージに登場した生徒4名と松下先生は、当時のことを次のように語ります。
参加メンバー4人で、それぞれが描いてくる枚数を先に決めて、高校生であるわたしたちが感じる日常をとにかく描きました。みんな真面目に一生懸命たくさん描いて、それを持ち寄って「みんな全然違うね」とか「個性が出てるね」とか言い合ったのですが、これをどうやってひとつの作品にしようかってなったときに、話し合いが止まってしまったんです…。締め切りまでに間に合うのだろうかと焦って、どうする、どうする…って。そう、今みたいに沈黙が(笑)
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ペンタブアート・チャレンジでは、複数の芸術系専門科を融合し、ひとつの作品に仕上げることを条件にしていると言います。個々の生徒が描き上げてきた作品を個別に展示するのではなく、あくまでこれを融合しひとつの作品にする必要があったのです。
アドバイザーとして関与した、同校の卒業生でもある現代美術家の梅沢和木さん(梅ラボ)や、松下先生のサポートを受けながら、鳥獣戯画を参考に、描く人の個性が出すぎて統一感がなくなってしまう人物ではなく、動物をモチーフに日常を描く。それを生徒たち全員が納得する「誰の生活にもある、ありふれた日常」の洗濯物に見立てて展示する、という最終形に至りました。
これからは先の読めない時代になってきます。デジタルとの向き合い方やAIとオリジナルなど、芸術はこういった議論を切り離すことはできません。生徒たちはそういう時代の中、選択肢が数多くある中で創作活動を行っていく必要があります。生徒たちだけで、日常というテーマに対して、「鳥獣戯画」や「洗濯物に見立て」というアイデアを導くのは大変だったかもしれませんが、梅沢さんやわたしとのやり取りから、今まで考えもしなかったような視点が「実はイケるんじゃないか?アリなんじゃないか?」という、可能性についての目のつけどころを経験できたことは、これからの彼ら・彼女たちの方向性に大きなヒントになっていると思います。
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実際、墨と筆を使って描く「鳥獣戯画」というモチーフは、美術科、書道科それぞれの生徒の新しい発見を促すことにもなりました。
美術科と書道科という異なる芸術ジャンルの生徒が、「描くこと」「書くこと」を通じて、お互いに刺激を送りあう経験もできました。例えば、美術科の生徒は、ああでもないこうでもない、と手を動かしながら発想していきます。無駄打ちもありますが、作品数は多い。一方で書道科の生徒は、自分の中でイメージが固まってから「書く」という創作スタイルです。無駄打ちは少ないですが、美術的なスタイルよりも作品数は少なくなります。自分たちとは全く違うアプローチを身近で見ることで、美術科の生徒は書道科の生徒の一筆にかける想いや筆遣い、墨の濃淡の使い方を学び、書道科の生徒は美術科の生徒の次々に場面を切り取っていく発想力や色彩感覚を学ぶという原体験ができたと思います。
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実験のこれから
本記事の冒頭でご紹介した松下先生の「きっと生徒たちが答えを見つけてくれる実験」というお考えは、奇しくもワコムが主張する、「コネクテッド・インクは実験的空間である」と符合します。同校の実験的取り組みは、今後、どのように展開していくのでしょうか。
2023年と2024年ではそれぞれ全く違った作品になりました。次回はまた全然違った展開になるかもしれません。それだけデジタルとアナログの融合は難問です。例えば、2023年の創作に参加した生徒が「うちの作品はデジタル表現の良さが失われているのではないか」と問題提起してくれたことがありました。確かに、当校の作品は2年連続で、デジタルで制作したものを紙に出力して展示しました。一方で、デジタル表現が一番美しいのはモニター上で、それを紙に出力してしまうと良さが失われてしまうのかもしれないという生徒の指摘は的を射たものでした。そういう意味で、モニターやプロジェクターとアナログ表現の融合など、まだまだ実験は続くのだと思います。
商業ベースやプロユースといった価値観から離れたところにある「学校」や「教育現場」といったコミュニティは、コネクテッド・インクを貫く「創造的混沌(クリエイティブ・カオス)」の原初的な体験の場と位置付けることができます。生徒たちの経験した「焦り」「沈黙」、松下先生や梅沢さんのアドバイスによって格段に広がった「可能性の目のつけどころ」、そして、それぞれの創作スタイルの違いから得られた気づきは、「学校」「教育現場」というコミュニティとワコムとの共創の在り方のひとつと言えるのではないでしょうか。
「光陵生日常戯画」は2025年3月8日(土)~16日(土)の期間、美術家と市民が共同で作り上げる、同時多発型アートイベント「美術と街巡り・浦和」 の埼玉会館(第二展示室)で展示される予定です。また、2023年時「ペンタブアート・チャレンジ」の成果である「ぐるぐるNATURE」は、さいたま国際芸術祭2023レガシー作品として、2025年3月2日(日)よりさいたま市民会館おおみや(RaiBoC Hall)5階に、展示される予定です(展示終了時期未定)。ぜひ足を運んで、高校生たちの創造的混沌の原初体験、そしてアナログ芸術とデジタル表現の融合実験をご覧になってください。
Writing: 菅原賢一/Sugawara Kenichi
Editing: Emiko Yoshikawa
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