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コネクテッド・インク2024レポート #1アニメに関わるあらゆる人たちを支える(その1)アニメシステムコミュニティ
創作活動に欠かせない道具を生み出す道具屋を自負するワコム。アニメとも長く深い関わりを持ちます。プロフェッショナルのアニメクリエイターと、プロの創作に魅せられるアニメファン。その両方を等しく支えていきたいという思いがワコムにはあります。
アート、人間表現、学び、そして、それらを支えるテクノロジーの新しい方向性を模索するワコム主催のアニュアルイベント「コネクテッド・インク2024東京」では、ワコムが関わるアニメコミュニティをふたつご紹介しました。この記事では、そのうちのひとつ、アニメ制作の最前線で活躍するクリエイターをテクノロジーの面から支える新たな取り組み「アニメシステムコミュニティ」についてまとめました。
アニメとテクノロジーの幸せな関係を求めて
2024年10月、アニメ制作に関わる各社が抱えるテクノロジー活用とシステム管理に関する課題を共有し、企業の垣根を超えて業界全体のさらなる発展を目指した組織「一般社団法人アニメシステムコミュニティ(以下、ASC)」が設立されました。
ASCは、2021年6月に誕生した、インハウスSE有志の集まりである、現場レベルでのアニメ業界技術交流コミュニティがその前身となっています。株式会社ワコム、ユーフォーテーブル有限会社、株式会社カラーの3社がコアになりつつも、当初から営利目的ではなく、アニメ制作現場の必要性から自然発生的に生まれた集まりだったというのが大きなポイントです。
ワコム代表取締役社長 兼 CEOでASC代表理事を務める井出信孝は、
あくまで有志、あくまで非営利。クリエイティブを下支えする、という組織の目的を果たす上では、1社だけの利益ではなく、コミュニティの全体益を考える必要があります
と、ASCの設立経緯が持つ意味を強調します。
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ここで、ASC設立の背景にある業界の課題感を理解するために、アニメ業界の現状を見ていきましょう。一般社団法人日本動画協会の「アニメ産業レポート2023」によると、2013年に1兆4,769億円だった広義の日本のアニメ産業市場は、2022年には2兆9,277億円まで成長。国内・海外の配信事業の拡大などを背景に、10年間で2倍以上に大きく伸び、政府や経団連も期待を寄せる成長産業分野となっています。
2024年の時点で、日本では1クール(=3ヶ月)ごとに約60作品もの新作アニメが作られ続けていて、これは100年を超える日本アニメ業界の歴史でも最高となっています。ここに大作系の劇場作品、需要が高まっているショートアニメも加わるため、総制作本数はさらに大きな数字となります。このように現在のアニメ業界は未曾有の活況にあり、アニメファンにとっては「嬉しい」の一言という状況です。
その一方で課題なのがアニメ制作現場の実態です。これだけ膨大な制作本数をこなすためには、制作現場が最新の映像制作技術や劇的な市場の変化に対応していく必要があります。しかし、慢性的な過重労働や多額の設備投資負担などもあり、現場の改革は思うように進められていないのが現実です。特に、テクノロジーとシステム管理はアニメ制作に関わる多くの企業に共通する課題で、その両面でクリエイターを支えていく仕組みが長く求められていました。ASCは、こういった業界の共通課題を解決するためのプラットフォームを目指して立ち上がった組織なのです。
ASC理事の近藤亮氏は
アニメ業界は、先人たちによって培われた手描きアニメの伝統というレガシーに支えられて成長を続けてきた産業です。しかし、アニメ需要が高まるなかでファンにもっと喜んでもらいたいと考えると、現在のアニメ制作現場はある種の臨界点を迎えつつあるのも確かです。外部環境が大きく変化するなかで、テクノロジーはこの状況を変えうる有力な変数だと考えています
と、ASC設立に至った課題感とテクノロジーの持つ可能性について話します。
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道具屋・ワコムだからできること
ASCは共益性を強く意識した組織。フラットでオープンな議論ができる場を目指して、多くの企業やクリエイターが参加しています。ASCの主な目的は大きく分けて3点あります。
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ASCに参加しているのはアニメ制作関連企業60社以上、人数にして250名にもなります。アニメ作品は制作すべてを1社でカバーするケースもあれば、複数社でプロジェクトチームを組んで制作にあたるケースもありますが、現在制作されているアニメ作品の制作主体としてクレジットされている、みなさんもよく知っている企業のほとんどがASCに参加しています。
ASCの事務局で世話人を務めるワコムの轟木保弘は
数百社と言われるアニメ制作関連企業のうち、これだけの企業がASCに参加していることは特筆に値すると思います。これまでにASCが主催したセミナーでは80名を超えるアニメ制作関係者の方に集まっていただいたこともあり、私たちが取り組むテーマへの関心の高さが伺えます。有志の会合への参加者も回を重ねるごとに増えており、確かな手応えを感じています。
と現状をポジティブに捉えています。
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少し立ち止まって考えてみると、テクノロジーに関する最新知見や、成功も失敗も含めた自社の事例を共有することは、ある意味では貴重な経営資産の開示でもあり、心理的な抵抗も大きいと予想できます。近藤氏によると、自社の利益を飛び越えてアニメ制作コミュニティ全体を考えた新たな取り組みが形になっているのは、クリエイターを下支えするワコムの存在が大きいと言います。
ワコムさんが世に届けているプロダクトはテクノロジーの結晶であり、アニメ制作の現場ではインフラと呼べるまでに深く浸透しています。クリエイターの多くは、それをテクノロジーとして特別に意識することなく、呼吸するように使っている。ワコムさんはアニメをさら進歩・発展させるため、その状況をさらに一歩進めて、テクノロジーをテクノロジーとしてより強く意識する方向でアニメ制作とテクノロジーの親和性を啓発され続けてきました。実際、ASCに参加している約60社のうち、その多くがワコムさんの人脈。本来、アニメ制作会社は互いに鎬を削るライバルですから、弊社も含め、敢えて同じコミュニティに属して積極的に情報交換をする機会はそれほど多くはありません。アニメ制作会社にインフラを提供するワコムさんが、公平性や公共性を保ちながら運営に携わっていることが、この枠組みを成立させる大きな要因となっているのだと思います。
驚きを与えるアニメを届けるために
実は日本のアニメ業界は、各社が持つ知見の共有には一貫して寛容であり続けてきました。どうすれば、業界が一丸となってもっと面白いアニメーションをつくれるか?という視点に立って、共存共栄の意識で発展してきた歴史があります。ASC設立の裏側にも「時代の変化に伴い、避けては通れなくなってきたテクノロジーに関する知見や事例も、クリエイティブの領域と同じように広くシェアしていこう」という感情的な動機が存在しています。ASCは、アニメ業界で大切にされてきた素晴らしい伝統とも親和性が高い取り組みと言えるのではないでしょうか。
手描きアニメ発祥の地・米国では、アニメとテクノロジーの親和性が早くから注目され、アート×テクノロジーの文脈に魅かれたテック系人材が次々とアニメ業界の門を叩いています。デジタルネイティブでテクノロジーに詳しい人材がアニメ制作の現場で活躍できるキャリアパスを作ること、そして、アニメ制作を支えるエンジニアリングシステムそのものにも注目が集まること。これが、これからASCが目指すところになります。
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アニメはアートの側面が強いと思われている節がありますが、実はテクノロジーとも非常に相性が良い産業です。テクノロジーの文脈で考えれば、他業界でのエンジニアリングの知見はアニメ制作でも幅広く応用できる。ASCの活動を通じてテック系人材がアニメ業界に入ってきてくれたら、世界が驚く、もっともっと面白いアニメを作ることができるんです。
ASCの取り組みから新たなコンテンツが生まれるのはもちろんのこと、それを裏で支えるエンジニアリングシステムも世界に誇れる先鋭的なものになってほしい。コンテンツとシステムが表裏一体となって評価されるのが理想ですね。ASCが海外のクリエイターたちともつながり、僕らの事例をどのように参照するのかという点にも興味があります 。
ASCの取り組みはまだ始まったばかり。テクノロジーとシステムの観点から、日本アニメ業界の底力を高めようというコミュニティ。その可能性を思うと楽しみが尽きません。
今回の記事に関連するコネクテッド・インク2024東京のアーカイブ映像は、YouTubeでご覧いただけます。
Writing: Chikara Kawakami
Editing: Emiko Yoshikawa
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