穏やかな時間 #シロクマ文芸部お題作品
※本作にはグロテスクな表現が含まれます。
懐かしい…
瑠璃子は、夫の髪を手ぐしで慈しみながら左手のブレスレットに目をやった。
確か二回目の結婚記念日のプレゼントだったわ…
今何時だろうか。この部屋に時計はない。ただ小さな絵が飾ってあるだけの殺風景な小部屋だ。
二人で個展に行って衝動買いしたのよね。あなたがこれにしようって。
瑠璃子は小さな絵を見た。
すべてが懐かしいわ…
窓から冷たい月光が漏れる。
こんな月夜の晩だったわね。あなたとあの女を見たのは…
瑠璃子の脳裏に忌まわしい記憶が蘇る。同時に毒々しい怒りと悲しみがこみ上げてくる。
でも今は二人きり。ずっと一緒よ。愛するあなた。
膝の上の男は何が言いたげだが、茶褐色の唇が動くことはなかった。
(了)
本作はシロクマ文芸部参加作品です。いつも企画ありがとうございます。