海色の絵
僕の暮らす部屋は真っ白な部屋。
壁も床も天井も、窓の外だって真っ白な景色。
僕のいちばん好きな色。心が落ち着く白い色。
バシバシと窓を叩く音がする。
そこには青年が立っていた。
久しぶりの他の色。
僕はゆっくりと窓を開けた。
「私は画家。私の描いた絵を君の素敵な部屋に飾ってはくれないか?」
そういうと青年は鞄の中から手のひらふたつ分の絵を出した。
「海を描いたんだ。綺麗な海。クジラも魚も自由に泳ぐ」
また久しぶりの他の色。
ずっと白と一緒だったから、なんだか怖いな。
「じゃあここに置いておくね」
青年は僕の心を置き去りに、海の絵を窓縁に置いては、軽やかに去っていった。
しかたなく僕はその絵を真っ白な壁に飾った。
そわそわするほどに海が広がる。
ぞわぞわっとクジラは佇む。
僕は白いベットに横になると、黒くて暗い夜が来る前に眠りについた。
いつもより静かな夢の中、だけどもいつもより呼吸は苦しい。
ボーボーボー
揺らいでは堕ちていく。
呼吸をするたびに僕の口からは気泡が溢れる。
たぶん真っ暗な水中だ。
僕のいちばん嫌いな色。おもわず目を綴じた。
「目は綴じないで」
詰まった耳の穴の外から誰かが僕に呟いた。
「イヤだよ。怖いよ」
「大丈夫。だって君はもうここまで来てるのだから」
僕は恐る恐る目をあけた。
青い。
目が慣れたのか黒は消えさり、スーッと一面青い海中。
「ほら、平気」
僕に向かって微笑んだのは、濃紺の大きなクジラ。
緑の葉や赤い珊瑚が呼吸をしている。
僕から漏れ出る怯えた気持ちは、どんどん海底に堕ちていく。
綺麗な色がたくさん泳ぐ。
気持ちいい。少し楽しいかも。
僕は両手を広げて水流に身をゆだねた。
浮遊感と冷たく温かい水包み。
胸の鼓動は振動となり海を揺らす。
すると銀色の光が上の方から迫ってくる。
青くて深い僕のところまで、スーッと光は迫ってくる。
やがて銀色は僕を纏い尽くすと、僕から色を奪っていった。
白い天井、白い床、白いシーツが僕を包む。
白い壁には海の絵はない。
怖さの向こうに綺麗な色がたくさんあった。
僕はまた画家の青年が来るのを待っていたが、
いつまで待っても来ないものだから、ある白く晴れた日に玄関のドアをそっと開けた。
絵の具を買いに街まで行こうと。