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1. 江戸神田神保町

東京都千代田区神田神保町 「本の街」

神保町(じんぼうちょう)といえば本の街。非常にたくさんの本屋がある聖地のような町。そして、世界一の古書店街とも呼ばれており、通りを流せば趣ある古書店が軒を並べている。
神保町の歴史を辿ると、明治時代(1880年代)、神保町周辺に数多くの法律大学が創設された。その学生たち向け飲食店や商店が増え、本屋・古書店もどんどん増えたことが「本の街」の始まりとされている。現在の神保町周辺には専修学校(1880年創立)、明治大学(1881年創立)、中央大学(1885年創立)、日本大学(1889年創立)などが在るが、いずれも前身は法律学校。当時の法律学生たちは使い終えた教科書を神保町で売却して、下級生たちがそれ安く購入して、使い終えたらまた売却して…を繰り返し、それが神保町の古書店街としての発展に繋がっていった。
  


またの名を「カレーの街」

友人曰く近年は神保町は「カレーの街」とも言われているらしい。たしかに、Googleマップの神保町付近で「カレー」と検索するとものすごい数のカレー屋さんがヒットする。毎日違うカレー屋さんへ昼食に訪れても1ヶ月では到底足りないくらいの数である。古書店とカレーが大好物なわたしのような人にとってはまるで天国のような町である。
  


そして「浮世絵の街」

そんな神保町には浮世絵を取り扱っているお店も多く在る。わたしははじめての浮世絵をこの神保町で手に入れた。
浮世絵と聞くと、教科書に載っていた葛飾北斎や歌川広重などをイメージする。自分で購入するものというよりは、美術館やギャラリーでガラスケースの向こうに飾られているようなイメージを当時のわたしは持っていた。ある日、「神保町には浮世絵を購入できるお店がまだたくさんある」という情報を得て、それは行って確かめてみよう、と少年心をワクワクしながら神保町を訪れた。
 


いざ神保町、の前の有楽町

残暑どころではなく真夏並みの暑さが残る9月、東京に4日間ほど滞在する都合があったので、用事の合間を縫って神保町へ向かった。昼食は神保町でカレーといこう、と思ったが有楽町での午前の用事が13時ごろまで長引いたので、有楽町駅近くの老舗風の町中華料理屋で昼食をとった。
席へ案内してくれたのは笑顔のアジア系の女性スタッフ。フレンドリーな日本語で、お昼過ぎでも賑わう店内のカウンター席へと案内してくれ田。注文を通して食事を待っていると、メガネをかけた金髪の欧米系の男性が隣の席に腰を下ろした。「ギョーザヲ5コとレモンチューハイ」とカタコトの日本語でオーダーしているがなかなか通じていないようだ、と思ったら矢先彼の隣の男性が日本語でオーダーを手伝っていた。「東京にも温かい日本人はいるなあ」と一人で感心していると、通その男性は流暢な英語で通訳的仲介をし始めたのでどうやら日本人ではなくアジア系の海外の方だったようだ。ラーメンを食べる私の隣で、2人はギョーザとラーメンを食べながら英語で会話をしているのが聞こえてくる。どうやら金髪の男性は最近のアメリカから東京へ越してきたばかりの学生のようで「不安とワクワクの日々を過ごしている」らしい。通訳をしていたアジア系の男性は東京生活が長いようでアメリカ人の彼に「トーキョーというところはああでこうで」という話をしていた。そんな英会話を右から左に聞きながら、カウンターを挟んだ向こう側のスタッフは日中対応のバイリンガル。その横で中華鍋をふるう本場の方らしき料理人。一瞬ここが日本なのか海外なのかわからなくなる。普段は田舎の方で暮らしているため、東京のグローバリゼーションを思いがけず体感することができたランチタイムとなった。「お会計は現金のみです」と会計の際に伝えられた。日本の古き良き時代も感じる町中華屋だった。
 


いざ神保町

お昼過ぎ、14時ごろ神保町に到着。地下鉄構内に老舗風書店の広告が大きく掲載されており、地上へ上がる前から本の街の雰囲気を感じる。
浮世絵店へと足を運ぶ。古書店を横目に進むと看板がいくつか見える。その中の一つの老舗店へと入店した。どうやら海外の方も浮世絵には興味があるらしく絵をのぞいている。本当にたくさんの浮世絵が並んで販売されている。クーラーが効いた
店内で、お昼の中華と太陽の日差しで暑くなった身体を涼ませながら絵を見させてもらう。
 


浮世絵とは

浮世絵とは、江戸時代の庶民にとってはいわゆるエンターテイメントの一つだった。版画の浮世絵は多量刷りが可能だったので安価で大量に庶民へ出回るようになる。浮世絵には当時の流行ファッション、人気俳優、人気観光スポットなどが多色で鮮やかに描かれ刷られており、最新情報を伝える広告メディア的な立ち位置として広く国内に普及していった。
浮世絵が描かれはじめたのは江戸時代の1670年ごろ、名作「見返り美人」で知られる菱川師宣(ひしかわもろのぶ)が浮世絵の始祖とされている。当初は、歌舞伎役者を描いた役者絵、遊郭や看板娘の美人を描いた美人画が人気を博した。これらを見ていて面白いのは、どのモデルも顔がほとんど同じに見えるということだ。浮世絵の知識がそこまでないわたしにとってはなおさら見分けがつかない。どこかで読んだことがあるが、江戸時代の人も同じことを思っていたようで、どの浮世絵師が描いたのかが人気を左右しただったようだ。いつの時代も売れっ子絵師は
人気だということなのかもしれない。
それらに続き人気を博したのが風景画である。昔から風景を眺めるのが好きなわたしにとって、風景画は好きなジャンルである。小学生の頃教科書で北斎や広重などの風景画を見たことも、好きになったきっかけのひとつかもしれない。旅先でも景色の良いところや、人気店が混雑している様子を少し遠くから見るのが好きだ。浮世絵の風景画はまさに景色の良い観光名所を描いたような作品である。
 

江戸時代の旅ブームと風景画

江戸時代の西暦1800年ごろ、庶民の間で名所を巡る空前の旅ブームが巻き起こった。三重県の伊勢神宮へお伊勢参り、というような旅に庶民はこぞって出かけた。旅といっても当時は1ヶ月〜5ヶ月弱ほどかける長期歩き旅。江戸時代の人々の驚異的な健脚具合に驚かされる。歩き遍路を一時中断中のわたしにとっては憧れる理想的な脚力である。
風景画の中でも、名所絵と呼ばれる各地の名所をテーマにしたジャンルがある。現代のようにデジタルの情報がなかった江戸時代、全国津々浦々の名所を刷ったアナログな風景画が最新の旅情報だったのだろう。人々に旅気分を味わせたり、旅の思い出に浸らせたりしたのかもしれない。何より安価だったのも手頃で良かったはずだ。その気持ちはとてもわかる。旅先で風景写真がプリントされたポストカードを買うことがある。それをたまに見るとその旅先が思い出されてまた行きたくなる。そんな気持ちを、江戸時代の庶民も抱いていたのだろうかと思うと、今も昔も人は本質的に旅好きなんだろうかと感じる。
そんな名所絵には、前回少し触れた、葛飾北斎『富嶽三十六景』、歌川広重『東海道五十三次』『名所江戸百景』などの有名作品がある。


  

一枚の浮世絵と出会う

そして、お店で画を見ていると、2つの作品に出会い興味が湧いた。いずれも海の風景画で、越前(福井県)と讃岐(香川県)。自宅に飾るのならば見知った土地の風景画良い、という観点ではいずれも住んだことがある土地なので強い魅力を感じた。
少し悩んで選んだのは、讃岐の風景画だった。1862年に刷られたという質感、懐かしい瀬戸内海の景色が決め手だった。瀬戸内海の穏やかな波と多島美が好きだ。構図的に、手前にはドルフィンセンターがあり、奥には小豆島が見えているんだろう。聞くと二代歌川広重という浮世絵師の作品だった。これがはじめてのわたしの浮世絵となった。この二代広重は『諸国名所百景』という名所絵連作の代表作を残している。


「諸国工芸名所百景」の由来 上

前置きがとても長くなってしまったが、ここからやっと本題の「諸国工芸名所百景」の由来へと入っていく。
工芸品や産地紹介のコーナーを侘月で作ろう、と考えていたところ、「『二代歌川広重の諸国名所百景』と『工芸品』を合わせたら面白いのではないか?」というアイデアがある時頭に浮かんだ。

 

面白い日本語と漫画

早速、また話が逸れていくのですが、「日本語は文字であり絵でもある。」と美術史は教えてくれている。平安時代の葦手絵、江戸時代の文字絵、現代の漫画など、これまで日本人は文字を絵の一部として描いてきた。
よくよく考えれば日本語は超特殊な言語だ。普段無意識に使っているが、わたしが外国人なら3つの文字(漢字、ひらがな、カタカナ)を使い分ける日本語は暗号としか思えない。加えて最近はAlphabetも混同して使用する。こんなトンチンカンな言語はおそらく日本語だけだろうと思う。そしてその言語を絵と並べて漫画にして読ませるというとても高度なことを普通にしているし、普通に受け入れている。
専門家では全くないので間違っていたら申し訳ないが、日本人にはそんな文字と絵が混同していても困惑せずに解読できる能力が昔から備わっているのだろうと思う。漫画は人気があるし、「漫画で読む〇〇」的な知識書が昨今たくさん書店に並んでいるのを見ると、日本人にとってただ文字を読むより、漫画(絵と文字)の読んだ方が理解しやすいのだろうと感じる。

 

「諸国工芸名所百景」の由来 下

話は戻って、この日本語の文字=絵という式を使って見ると面白そうだと考えた。つまり「諸国名所百景」は絵で描かれているが、侘月の「諸国工芸名所百景」は文字で描かれていくことになる。日本語的に考えると、文字=絵という繋がりを持たせることができる。
 a :「諸国工芸名所百景」=文字で描かれている
 b :「諸国名所百景」=絵で描かれている
 c : 日本語の文字=絵
 → a + b + c : 「諸国工芸名所百景」=文字=絵=「諸国名所百景」

そうして半ば強引に自分を納得させて、道中記を「諸国工芸名所百景」と題することにした。

工芸品を巡って侘月が見た風景を描いて、それを読んでくださった人が旅気分に浸れるような道中記。もっと言えば、そこへ行きたくなるような道中記。それを目指したいと思う。

 


  1. 江戸神田神保町 終

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