【n%フィクション#3】頭隠して罪増やす
評議員だった中1時分、同じクラスの女子評議員に虐げられた結果、武道を始めることにした。意味は今でも分からない。道場の規模としては、30人程度小学生が大半で、次に大人、最後に同世代が数人と比較的に小さめである。結局逃亡するまでの3年間、何やかんやと惰性の在籍はしたものの、目的/手段の不一致故なのか、運動音痴故なのか最後まで馴染めなかった。そんな灰色の思い出のなかで印象的な話がある。
「私がまだ高校そこらだから、今から30年以上前になるかなあ」
うちの道場は練習時間が3時間も満たないので、基本ゴリゴリに練習なのだが、たまにかなりガッツリ休憩を取るときがある。そんなとき40後半のスキンヘッド、色白なものの体つきはかなりいいAさんは昔話を聞かせてくれた。
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高校生だった頃、Aさんは、THE・古き良き日本のような場所に住んでいた。舗装されたアスファルトと未舗装の土の割合が半々の、見渡す限り田んぼや畑、想像するだけでも蝉の声と土の香りがする。そんな場所故、全てにおいて距離がある。少なくとも自転車、最低でも一輪車、車輪がなければ移動は億劫で、ご多分に漏れずAさんも原付きを愛用していた。なお免許は未所持、とはいえ心配こそすれど、それを問い詰めるような友達はまずいなかった。しかし、そんなAさんの原付きライフにも雲行きも怪しくなる。この時から警察による交通取締りが厳しくなってきたのだ。夏の帰り道、進もうとする数十m先に白服の影が見えた、咄嗟にブレーキをかけ死角に身を潜める。免許はまだ忘れたことにすれば良い、しかしヘルメットがない。これではマズい、現行犯だ。さてヘルメットの代わりになるものは無いか、置き勉で厚みを失った鞄や汗に滲むシャツを探るものの何もない。どうしたものかと周囲を見渡すと一つ希望の星が見えた、スイカ畑がある。夏を吸いはち切れんばかりに育った緑は堅強である。
「あれを割ればヘルメットの変わりにならないか?」
自分のとっさの思いつきを天啓のごとく感じ、原付きを止めスイカ畑に急いで駆け寄る、都合が良いことに周囲には誰もいない、更にどのスイカも自分の頭を覆う程には大きい。やはり天啓、さて早速。とスイカに手をかけたものの1点だけ問題があった。シンプルかつ重大、それはAさんは刃物を持っていなかったことだった。武道4段、今なら手刀できれいに半分に割れるであろうAさんも当時はまだ普通の高校生、悩んだ末に行き着いた思考は落として割ることだ。スイカは硬いが落とせば割れる、自分の天性のアイデアマンではないだろうか。笑みを浮かべながらスイカをひょいと持ち上げと、腰くらいの高さからそっと落とす。ぐしゃり。案の定スイカは割れた、赤い液が周囲に飛び散るのでローファーが少しベタつく。しかし思いと裏腹にスイカは木っ端微塵に割れている、これではヘルメットにならないじゃないか。でもまあ良い、最初はこんなもの、感覚は分かったんだから次こそは...。
数十分は経ったか?、畑に残されたスイカは数玉となっていた。もはや畑とはいえない、周囲の雑草、手やローファーは赤でベタつき甘い香りがとめどなく拡散し、蟻やハエがお祭り騒ぎで群がる。犠牲こそ少しばかり多かったものの、Aさんはついに被れそうな程のスイカの皮を手に入れた。、お手製ヘルメットを被ると思いの外に装着感は悪い。汗と果汁が隙間から流れ襟やシャツまでも赤に染める、だがこの際不快感なんて行ってられない。これで帰れるんだ。
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そして現代、板張りの道場。「それ...警察官の人に何か言われなかったんですか...?」車座のなか同年代の女子がAさんに質問する。
「ちょっと緊張しながら通ったらね、おまわりさんがね。すごい何か言いたそうな顔をするんだ、しばらくして「まあ、その努力は認める、だが次は市販のヘルメットを被るように」と言って通してくれたんだ」「今思うと、全身スカイ汁まみれのスイカヘルメットの高校生なんて、余計怪しいけどね笑」と苦笑いで答えた。
内心、寛容なおまわりさんだなあ...と半ば呆れつつ思いながらも、でもまあ問題にならなかったやっぱ良いアイデアなのか?とも思っていた。
「でも、まあ...次の日その周辺を通ったら、〈スイカ泥棒が出ました〉ってでかでかと看板が立ててあったから、その道使えなくなったんだけどね...。」
ダメじゃねえか。
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