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私が「縛り」を始めた理由

 はじめまして。「縛り」表現の活動を行なっている、若宮猫丸(わかみやねこまる)と申します。

 ここでは私がなぜ「縛り」の世界に興味を持ち、活動を始めたのかについて書いて行こうと思います。

 なお、一般的には「緊縛」と呼ばれる活動を行なっておりますが、私の表現では「緊」の要素をあまり重視していないので、以降「縛り」と言う呼び方で統一させていただきます。

「責め絵」との出会い

 私が「縛り」と出会ったのは高校生の頃、大正から昭和にかけて活躍した「責め絵」の第一人者、伊藤晴雨(いとうせいう)の存在を知ってからでした。

 伊藤晴雨は様々な挿絵類を手掛ける一方で、女性を縛って絵にする「責め絵」というジャンルを確立した画家です。

 私は高校生の時から美術を専攻していたので、近代の様々な作家を調べていた過程で晴雨の作品に出会いました。
 彼の作品を見て、「責め」というユニークな画題と、艶めかしく淫靡な表現に大変惹かれました。
 しかし同時に、女性に対して「痛み」を与える様な行為は率直に言うと「グロい」アンダーグラウンドな分野に感じられ、自分とは縁遠い世界だなとも思いました。
 そして縛りや責めに対する興味にも、そっと蓋を閉じたのでした。

伊藤晴雨「美人乱舞」より 出典:国立国会図書館デジタルコレクション

「縛り」に対する認識の変化: SMに興味は無いが、縛りが好き。

 それから年月が経ち、蓋をしていた「縛り」に対する興味が復活したのは2019年ごろ、Twitterでたまたま流れていた、ある縛りの画像を目にしてからでした。
 その画像は明るい屋外でカラーの縄を使い、軽く露出を伴う様な縛りの画像でしたが、縛りと言うとアンダーグラウンドな物、という私の固定観念を打ち破るインパクトがありました。(SNSで影響を受けた縛り手さんについては、別の機会にまとめさせて頂きます。)

 また、Hajime Kinoko (一鬼の子)氏らがインスタレーションの形式で、空間的にスケールの大きい作品を、「SM」ではなく「アート」の枠組みで発表している事にも刺激を受けました。

 Hajime Kinoko氏の作品に対しては、「アンダーグラウンド」である事を良しとする伝統的なSM業界からは否定的な意見も多いですし、アート業界から見れば「縛る」という技法が先行し、現代美術において最も重視されるコンセプトや文脈の弱さに疑問点もあります。

 しかし、こうした縛り手の方々の新しい表現を目にして、自分も「縛り」をやってみたい、という意欲が芽生えました。そして都内で縛りの講習会に通い、縛りの実践を始めたのでした。

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